丸形の機械式を極めた、名門ブランドの矜持。
岩崎 寛(STASH)・写真photographs by Hiroshi Iwasaki
並木浩一・文
text by Koichi Namiki
ステンレス・スチール製の高級ウォッチは、現代の腕時計で有力な勢力を形成するカテゴリーだ。さらに非スポーツウォッチに絞り込むと、昨年登場したブランパンの「ヴィルレ」のデイ・デイトは、代表的で象徴的な一本である。
そもそも「ヴィルレ」は、1735年創業という悠久の歴史をもつブランドにとっても、特別な位置付けの腕時計にちがいない。その名は、18世紀にさかのぼる創業の地の名前でもある。ブランパンのシグニチャー的なモデルである「ヴィルレ」には、ブランドの誇る技術だけでなく、スイス時計の王道を往く美意識が惜しみなく注ぎ込まれてきた。その「ヴィルレ」にとっても初めての、デイ・デイト表示を備えたモデルである。
世間一般の感覚で言えば、日付と曜日の小窓を備えたスチール製の腕時計と聞けば、典型的なビジネスウォッチのように思うだろう。それを見事に裏切ってみせる。真円の文字盤はマットホワイトの地にローマ数字を植え、リーフ形の時分針にスモールセコンド。デイ・デイトは確かに便利な装置だ。しかしエレガンスを極めるこの腕時計の中では、むしろ技術の優越性の、優雅な象徴に見える。腕時計本体を裏に返してみれば、ハニカムパターンを入れたイエローゴールド製ローターが輝く。
言ってみれば最も実用的なドレスウォッチであり、最もエレガントなビジネスウォッチ。スチールであることは堅牢さ、扱いやすさといった選択側の理由なのであって、本質にはゴールドウォッチに近い。事実、ブラックのアリゲーター革ストラップと調和する円の段丘を重ねたケースは、ホワイトゴールド製と思われることのほうが多いだろう。1970年代に一度は休眠し、83年に華やかな復活を見せた時、ブランパンは「過去にも未来にも、丸形の機械式時計しか造らない」と宣言した。スイス時計最古の名門の矜持は、誰も真似できないオーラでその腕時計を覆うのである。
ヴィルレ デイ・デイト