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ドアを開け閉めする。照明を点灯・消灯する。どちらの行為も日々幾度となく繰り返しながら私たちは生活しています。今回は、毎日触れるドアのレバーハンドルやスイッチプレートといった「建築金物」に注目しました。
その響きだけで、ちょっと硬くて地味な存在に思われるかもしれませんが、室内空間ではとても重要なアイコン。ビジュアルだけでなく肌感覚にも訴えるこれらアイテムへの愛着は、アンティークや骨董好きの方にはおなじみかもしれません。長年大切に使われた金属や陶製のプレートを手にすると、味わいが深まってゆく素材を身近に使うことがうれしくなるもの。こうした「素材を育てること」を目指す国産建築金物シリーズが、「MATUREWARE」です。建築金物を意味する「hardware」の"hard"を、熟成を意味する"mature"に置き換えた造語で、経年変化を楽しんでほしいとの思いが込められています。
このMATUREWAREは、富山県高岡市の鋳物メーカー、二上による真鍮鋳肌の仕上げを特徴とした新ブランドです。レバーハンドル、スイッチプレート、ネームプレート、そして棚受け金具などをラインアップ。精密な金属加工技術をもつ同社のブランド、FUTAGAMIのテーブルウエアは本誌でも何度かご紹介しており、ご存知の方も多いかもしれません。
やわらかな真鍮の色合いや味わいを生かした栓抜きや鍋敷きなど、生活に根ざしたものづくりはやがて、照明器具といったインテリアのアイテムへと製造の幅を広げていきました。そして、ついにたどりついたのが建築金物なのです。建材としての強度や鋳物の金型などを試行錯誤し、製品化にこぎつけた力作。そこには、建築金物の分野で鋳物の可能性を広げ、独自の生産技術を次世代につなげていきたい、という思いもありました。
こうしたプロダクトに触れることができるのが、東神田のギャラリー兼ショップ「組む 東京」です。オーナーの小沼のりこさんはMATUREWAREに注目し、ショップ内の至るところに商品を実際に取り付けて販売します。
「組むでは生活空間を整えること、特に毎日触れるものを大切にしてもらいたい、という思いでアイテムをセレクトしています。使うことで日々育てていけるMATUREWAREは、私たちらしいアイテムだと感じています」
店内のレバーハンドルやスイッチプレートは無垢ならではのソリッドな安心感があり、ドアを閉めたりスイッチを操作したときの感触や、カチャッという響きにぐっとくる客も多いとか。ひとつひとつ個性のある鋳物の肌や、幾何学のフォルムを取り入れたデザイン、そしてマイナスネジにこだわったつくりからは、どこか懐かしさを感じます。
ヒンジやタオル掛けなどちょっとした作業で取り付けられる金物はよく見かけますが、ギャラリーとして本格的な建築金物を扱うのは珍しいかもしれません。それというのも建築金物は、レバーハンドルなら、扉の素材、留め金、鍵の位置やデザイン、そして蝶番の素材との取り合わせなど、さまざまな状況を把握して販売する必要があるからです。しかし小沼さんはもともと建材メーカーのデザインディレクターだったため、エンドユーザーに適切なアドバイスができるのです。
MATUREWAREの店頭在庫がない場合は、およそ1ヶ月ほどの余裕をもって発注してほしいとのこと。長く使いながら変化を楽しんでいけるアイテムですから、まずは実際に手で触れて感触を確かめたり、色合いやデザインを吟味するなど、選ぶプロセスも楽しんでみてはいかがでしょうか。
東京でも蔵前や馬喰町をはじめ、イーストトーキョーといわれるエリアの中にある「組む 東京」。天井が高く、自然光が回る広々とした気持ちの良い1階の店舗では、FUTAGAMIやMATUREWAREのソリッドなアイテム以外にも、大治さんがデザインで関わる有田のブランド「Jicon」や旭川の高橋工芸の木の器など、日常づかいのアイテムがそろいます。ワークショップやイベント時に解放する2階にMATUREWAREが展示されているので、ひと声かけてみましょう。
この建物は小沼さんの曾祖父母が大八車を商っていた頃から、受け継がれてきた場所。古くは市場のあった日本橋も徒歩圏内、問屋街のにぎわいを見せる下町・東神田がルーツの小沼さんにとって、「人と人、人とものを結ぶこと、組み合わせること」は、建材メーカーやギャラリーの運営でも心がけてきたことでした。そのコンセプトを店名とした「組む 東京」は、小沼さんに縁のあるクリエイターや作家による企画展の開催や、プロジェクトの紹介をしながら、訪れた人にも新たな縁を結んでもらえるような場として育っています。東京の東側を散策する際、訪れたい場所のひとつです。