#08
軽やかな色やモチーフを食卓に取り入れたくなる季節。気持ちの上でも春を先取りする、そんな食器を今回は紹介します。一面に花が描かれたペールカラーのプレートは、器作家のイイホシユミコさんと、陶芸作家・アーティストの鹿児島睦さんによる共作「フローロ」。ゆるやかな曲面を持つ変形プレートは、素直に食卓を彩る皿としてはもちろん、絵皿として飾ったり、またはアクセサリーや時計などを置いたり、食卓や空間のアクセントとして特別な存在感を放ちます。器好きのみならず、多くのファンから支持されるふたりによるこの器は本日3月2日から、まずは伊勢丹 新宿店から先行発売されます。
東京を拠点とするイイホシさんが、福岡拠点の鹿児島さんと出会ったのは、2年前に福岡で個展を開催したときのこと。器という共通のアイテムに取組んできたふたりは、いっしょにものづくりをすることで意気投合し、このプロジェクトがスタートしたそうです。九州の窯業地・有田を舞台に、ふたりの仕事はどのように進んだのでしょうか?
イイホシさんと鹿児島さんが口を揃えるのは、制作のプロセスで互いにまったくストレスがなかったということ。職人さんやスタッフに恵まれた素晴らしいチームで、良いものづくりをすることができた、という充実感を共通してもっていました。
イイホシさんは産地にデザインを提案し、量産するものづくりをディレクションするスタイルをとっています。そのプロセスでは常に手づくりのあたたかみが感じられるような器の表情を大切にしてきました。今回のプロジェクトでプレートの形状は、量産のプロセスや各工場の得意分野を熟知するイイホシさんが担当。図案を担当した鹿児島さんは、「イイホシさんのシンプルで美しい造形をできるだけ生かすために、いわゆる転写やプリントではなく、器そのものや釉薬と図案が一体になるように」考えたといいます。ふたりは鹿児島さんの自由なドローイングの味わいを生かすために、磁土を流し込む石膏の鋳込み型に直接図案を彫り込んで、プレート上に表現する“レリーフ”という技法を選びました。
イイホシさんはプレートに高台をつけて、控えめながら存在感のある形状にデザインしました。「鋳込み型をつくる際、磁土を均一に流すためにさまざまな調整が必要で、職人さんの協力なしにはできませんでした」と振り返ります。そうしてできあがった型に、レリーフを一発勝負のフリーハンドで描いた鹿児島さん。この時の心境を、“失敗を許されない、緊張感を楽しんでミッションをこなすエージェント”になった気持ちだったと表現します。
実は鹿児島さん、紙にラフスケッチをたくさん描いて本番に臨んだものの、実際に描いたものはモチーフも構成もラフとはまったく異なるものになったとか。型に図案を彫る作業は立体造形をつくる感覚に近く、平面の表現とはモードを切り替える必要があったそう。「使う人が楽しい気持ちになるように」という鹿児島さんの思いは、躍動感のある花となってプレートの上に咲きました。釉薬も、白は少し艶を出してレリーフがより浮き出るように、逆にブルーやグリーンはマットな表情に、と職人さんたちと調整したといいます。光を受けた陰影がそれぞれのカラーで異なる点にも注目するとおもしろそうです。
まさにチームワークが結晶したフローロの制作。それも、全国の産地に足を運び、分業体制にある各工場の技術や得意分野を熟知し、職人さんたちとコミュニケーションを取ってきたイイホシさんの経験があったからかもしれません。今回伊勢丹 新宿店とともにフローロが先行公開されるイイホシさんの都内ショールームでは、そんな産地との関係を感じる定番シリーズが、ほぼ全ラインナップ揃います。
例えば昨夏に発売された「リ・イラボ」は、茶人が好んだ事でも知られる伝統的な釉薬「伊羅保」の景色を、現代の生活で使いやすい器に取り入れることに挑戦したシリーズ。ひとつひとつのプロダクトの表情が異なり、量産品でありながら1点ものを選ぶよう味わいがあります。岐阜県内の窯業地を中心に生産を依頼していますが、釉薬の色によって工場を変えているものもあるとか。また定番の「アンジュール」シリーズも同様で、シックな色味と釉薬の表情へのこだわりが、ひとつひとつの器から感じられます。
「毎日使うものだからこそ、求めやすい価格帯になるように、そして使いやすく、洗いやすく」と使い手目線でデザインをするイイホシさん。色合いはシックで、フォルムはシンプルでほどよいシャープさのある、スタンダードな食器がほとんどです。ショールームに大きなテーブルを置いて、器の色合わせやサイズ感を確かめられるようにしているのも、日常使いのものこそ、楽しんで選んでほしいという思いからだといいます。
鹿児島さんとの出会いで生まれたフローロは、従来のイイホシさんのフィロソフィーを踏襲しながらも、アートピース的なエッセンスが含まれた新しいラインかもしれません。「銘々皿というよりも、どちらかといえばテーブルのアクセントとして使うのにふさわしいアイテムですね」というイイホシさん。一方、鹿児島さんは「方向を揃えずにランダムに重ねたり、異なるサイズや色同士を組み合わせてみては」と提案してくれました。自然光が差し込むショールームで、フローロやその他のアイテムを並べながら、器のつくり出す豊かな風景を楽しんでみてはいかがでしょうか。