#07
春のあたたかな日差しを感じ、空気を取り込むために窓に近づく。窓から差し込む光がわずかな桟に差し込むのをみて、このスペースを遊びたくなることはありませんか? 一輪の花をさす小さなガラスでも、用途から離れたオブジェでも。肩に力の入らない「もの」をインテリアに置いてみましょう。本棚の隙間や、ぽっかりと空いた玄関の棚の一隅、そして深めの窓枠など、ちょっとしたスペースがコレクションの舞台に変わります。
東京・神宮前のブックショップ「ユトレヒト」は、アート・デザイン・ファッションなどの書籍を扱うギャラリーを併設したお店ですが、「何となく楽しい、おかしみのある」さまざまなオブジェを探しに訪れる人が少なくありません。特にオブジェと銘打ったコーナー展開をしているわけではありませんが、本棚や窓辺を静かに眺めていると不思議な形状のものや説明のつかないゆるさを感じるものが、そこかしこに潜んでいるのに気づきます。
ユトレヒトの岡部史絵さんがまず見せてくれたのが、スウェーデン・ストックホルム在住のガラス作家、山野アンダーソン陽子さんの作品です。山野さんはガラス工房をシェアする仲間たちとともに「アーバン・フォレスト」というグループを組み、昨年、本にまつわるガラスをテーマとした企画展を仲間たちとともにユトレヒトで開催しました。
「とてもセンスのいい人。職人肌なのに感覚的に訴えかける作品をつくっているんです」
岡部さんは個展を通じてますます山野さんのファンになり、「タイム」と「ペイパーウェイト」を紹介し続けています。ユトレヒトの窓辺や本棚に置かれた本型の「タイム」は、彼女がDMや友人から届いた大切な手紙、そして切手を本棚に差し込んでしまう癖から生まれたガラス作品。彼女の暮らしの中から生まれたオブジェは、ブックエンドや箱としても機能しながら、ぽってりとした厚みとゆらぎのある面が光をためて豊かな表情を見せてくれます。
もうひとつの作品「ペイパーウェイト」も、“毎日必ず使うものではないけれども、何となくそこにいつもあるもの”を目指して山野さんが制作したもの。ガラスが身近にあるスウェーデンでの暮らし。そんな毎日だからこそ生まれたオブジェは、錘(おもり)という機能のバランスはもちろん、なにげないオブジェとしてもうれしい作品です。ユーモラスなフォルム、つまみと本体の丸みが心地よく、つい手に触れたくなってしまう。光を受けたソリッドなガラスに、まわりの空気も澄んでくるようです。
「透明なガラスのオブジェは、さりげなく、なんとなく寄り添ってくれる存在。それって本棚に置かれた本とも似ている」という山野さん。それはもしかすると、ユトレヒトのもの選びにも通じるのかもしれません。
ユトレヒトでは、山野さんのような工芸のジャンルからグラフィックまで、幅広いアーティストによる企画展を開催しています。そしてアーティストと打合せをするなかで偶然生まれたり、制作してもらったりしたオブジェが、実は店内でたくさん置かれています。
「私たちは雑貨屋でもないし、デザインプロダクトを専門に扱うわけでもありません。機能性やデザイン性に優れている便利なものはないですが、日常のすき間にすっと入りこめるような、どこかおかしみのあるものを選んで扱うようにしています」
そんな岡部さんの言葉に思わずうなずいてしまうのは、アーティスト・平山昌尚さんが端材でつくった細長いサイコロ、グラフィックデザイナー・中村至男さんが木のキューブで手づくりした動物のオブジェなどが店内にふと置かれているから。ちょっとしたゆるさを受け止めて販売できるのも、まるで「神棚」のような不思議なスペースをつくれてしまう本棚という懐の深い場と、ここでしかないものを扱おうという意識があるからでしょう。
作家とのやり取りでもディレクションすることはほとんどなく、お互いの温度感を大切にしているという岡部さん。置かれたオブジェたちがゆるく脱力しつつも、甘えのない個性的な表情をしているのはユトレヒトという場の空気感を介したアーティストとの信頼関係があるからかもしれません。それは書籍に関しても同じことが言えます。
2014年に表参道駅近くのアクセスの良いビルから移転。都心にありながら決して便利ではなく、むしろ迷いながらたどり着く人も多い立地になりました。それでも住宅街を迷いそうになりながら進み、多くの人が訪れるのは、ここにしかない本やものとの出会いや発見が、常にあるからに違いありません。