Appleの自社製プロセッサ搭載がなぜ重要なニュースなのか、ITジャーナリスト林信行が解説する。
やはり、噂は本当だった。6月の記事でも触れた、Mac用プロセッサの内製に関する噂のことだ。去る6月22日に開催された年次開発者会議「WWDC 2020」で、Appleは正式に独自プロセッサ「Appleシリコン」をMacに搭載することを表明したのである。
Appleは、年内はこれまで同様にIntel社製プロセッサを搭載したMacを出すことを予告している。だが、これから2年をかけて「Appleシリコン」への完全移行を果たすという。プロセッサとは、コンピューターにおける頭脳のようなもの。そのプロセッサが変わることで何が変わるのだろう。
実のところ、ほとんどの人は変わったことに気づきもしないだろう。というのもMacを外から見ても、アプリを起動して触っても、プロセッサが変わったことは実感できないからだ。
Appleの技術の方向性が示される年に1度のイベント、WWDC。今年は初のオンライン開催となったが、Macを独自のプロセッサ、Appleシリコンに対応させるというのが最大のニュースだった。
自社製プロセッサに移行するメリットとは?
プロセッサ変更の効果は、製品の発表スケジュールや性能、バッテリー動作時間など、実感しづらいところに現れる。
毎年9月に発表される新型iPhoneと違って、Macは毎回、発表のタイミングがバラバラだ。これは現在のMacのプロセッサがIntel製で、Intelが最新プロセッサの提供を開始するのを待たなければならないという事情がある。処理速度や消費電力の性能もIntel次第なのだ。そもそもIntelのプロセッサはMacだけでなく、Windowsパソコンでも使われている汎用の部品なので、Intel社としてもAppleの要求ばかりを聞くわけにはいかない。
自社製プロセッサとなると、開発スケジュールも、プロセッサの仕様もどんなMacをつくりたいかに合わせて自由に変えられる。例えば節電系の機能も、どんなパソコンでもある程度節電する機能ではなく、Mac OS Xの設計に合わせて無駄な電力消費を極限まで抑えられるように設計できる。また、最近のAppleはプライバシー保護に熱心だが、大事なセキュリティ関連の機能をプロセッサそのものに組み込むこともできる(iPhoneのプロセッサはこれをいち早く実現。極めて重要な技術として、最近では一部のAndroidスマートフォンなどにも広まり始めている)。
プロセッサレベルから製品をつくりこむことで、スマートフォンのiPhone、タブレットのiPadとは異なる、パソコン製品としてのMacならではの特徴を活かした設計もやりやすくなるはずだ。
iPhoneのアプリを、Macで動かせるようになる。
プロセッサ切り替えには、加えてもうひとつ面白い効果がある。iPhoneやiPadも、Macが今回採用するのと同じ系統のAppleシリコンを使っている。これは双方のプロセッサが同じ言葉を話せるようになったようなもの。
その恩恵でiPhone用やiPad用につくられたアプリが、手を加えずにそのままMacで動かせるようになるのだ。タッチ操作とトラックパッド操作の違いはあるが、最新のiPadではトラックパッド/マウス操作にも対応しているので問題ない。
もちろん、Mac用には大画面やトラックパッド操作に最適化した別アプリをつくっている会社もあるので、その場合はこれまで通りMac用アプリを使うことになる。それ以外でもiPhone用につくったアプリをMacでは使って欲しくない、という考えの開発者もいるかも知れない。
だが、その他ほとんどのアプリ(iPhone用アプリは200万本以上ある)は、そのままMacで利用可能になる。
もっともこれは副作用的な恩恵で、Appleシリコンに切り替える理由というわけではない。移行の最大の理由は、先にも述べたとおり、プロセッサまで自社で思い通りに設計できるようになることで、今後、Macをよりユーザーの意を反映したかたちに進化させやすくなることであり、これまで既定路線の延長上で進化をつづけてきたMacが、ここからまったく新しい方向性に進化を始める予感すら感じさせる。この未来へと広く開かれた展望への期待があるからこそ、Appleはあえて困難なプロセッサ切り替えという道を選んだはずだ。