バルコニーから吹き抜けを望むジャスパー・モリソンのスペシャルルーム。床、壁、天井に木を使い、一部の家具はオリジナル。
もともと白井屋は前橋の歴史ある旅館で、1970年代にホテルに建て替えられ、2008年に廃業。地域復興のシンボルとして、それを再生したのが白井屋ホテルだ。以前の建物をリノベーションしたヘリテージタワーと、隣接する新築のグリーンタワーの2棟からなる。まずヘリテージタワーのロビーで、巨大な吹き抜けに圧倒される。
「4階建ての旧ホテルの中心部をくりぬき、天窓を開け光が降るようにしました。客室数が大幅に減っても、建物が生まれ変わるにはこれくらいの大胆さが必要でした」と藤本は説明する。コンクリートの躯体に絡むように光るオブジェはレアンドロ・エルリッヒの作品『ライティング・パイプ』。新設した白い廊下や階段からも、建築とアートのスペクタクルを体感できる。
エルリッヒの作品はじめ、ホテルは数々のアートで彩られた。大御所のローレンス・ウィナーや杉本博司の作品、群馬在住の現代作家によるサイトスペシフィックなアート、そしてジャスパー・モリソンらデザイン界の俊英がデザインした部屋まで、その顔ぶれはきわめて多彩。人選の大半は、田中が自ら決めていったという。
グリーンタワーの18号室は、群馬県在住の竹村京が壁一面に世界各国のトランプをちりばめた。
18号室の隣、19号室は群馬県在住の鬼頭健吾が壁面をペインティングと照明で作品化。
バルコニー付きでキングサイズのベッドがあるグリーンタワーのデラックスルーム。緑のカーテンは安東陽子が選び、またレースのカーテ ンは安東がデザイン。ラウンジチェアは藤本壮介がデザインした。群馬県在住の白川昌生による上毛三山を表現した3作品がかかる。
ライアン・ガンダーの作品が壁面を飾るヘリテージタワーのエグゼ クティブルーム。ラフな天井と上質な家具の対比がユニーク。
グリーンタワーの頂上部分の小屋は、周囲を照らすように宮島達男の作品を設置。小屋の内部にも宮島作品があり宿泊者のみ観覧可。
ホテルオーナーの田中仁のこだわりで選ばれた真鍮製の水栓金具。ソープ類は群馬のオーガニックブランド「OSAJI」の製品を使用。
「開業直前にギャラリーを巡って選んだアートも多いです。世界観をあえて統一せず、いろんなエネルギーが詰まった場所にしたかった。多くの作家が前橋の街づくりに共感し、協力してくれました」と田中。藤本の建築は、そのエネルギーを寛容に受け入れ、訪れた人々に伝える役目を果たす。
「ファサードをどうしようかと悩んでいたら、ローレンス・ウィナーのアートにしようと提案されたんです。建物の昔の顔を残しながら、いいギャップが生まれました。またジャスパー・モリソンの部屋は、四角い木の空間と最低限の家具でこんなことができるんだと感動しました」と藤本は話す。
「ホテルのことだけを考えるのではなく、地域に価値をつくるためにも、ベストのA案、少し妥協したB案、コスト重視のC案があれば、いつもA案を選んできました」と田中が語るように、ここはひとつの究極を志向したホテル。ただし5つ星を頂点とする業界の基準からは完全に自由だ。未知のホテル体験に心が満たされる、ここにしかない愉楽を味わいたい。
藤本壮介によるスペシャルルーム。前橋のビジョンを表現した言葉「めぶく。」を反映して、本物の植物を室内に生けた。
イタリアの巨匠、ミケーレ・デ・ルッキのスペシャルルームは黒い短冊状の板で壁面を覆い、モダンな名作家具を揃えた。
金沢21世紀美術館の常設展示作品などで知られる作家、レアンドロ・エルリッヒのスペシャルルーム。真鍮色の配管に囲まれた客室は25m²とコンパクトだが、泊まれるアート作品としてとても貴重だ。