デザイン、構造、生産体制がかみ合って、ロングセラーになったYチェア
左が長年の使用により、ペーパーコードがかなり緩んで座り心地も悪くなった状態。右がペーパーコードを張り替えた後のYチェア。photo: Kengo Watanabe
「外観からだけでは掴みきれない名作椅子の特徴や、デザイナーが仕掛けた工夫などを探ることができるはず」。著者の西川は、伝説的なインテリア雑誌『室内』(工作社、2006年休刊)にかつて連載されていた“こわしてみる”シリーズに触発され、機会があれば実際に分解してみたかったと振り返る。
これまでに『Yチェアの秘密』(誠文堂新光社)でもタッグを組んだ坂本は、数多くの椅子を修復してきた豊富な経験の持ち主だ。椅子の分解は日々の仕事そのものでもある。「これから椅子や木製家具を作ろうとしている人たちに向けて、素材や構造を理解する一助になるのではないか」。ふたりがそう思い描いたように、名作椅子にはそれぞれ注目すべき機能と構造が隠されている。
例えば、ハンス・J・ウェグナーがデザインし、デンマークのカール・ハンセン&サン社から1950年に発売された「Yチェア」。日本では北欧家具の代名詞的存在で知られる木製椅子だが、座面のペーパーコードを編み直すことでテンションが復活し、新品のような状態が蘇るので、修理に出されることも多いと聞く。本書では10数年使用したYチェアの座面を張り替えるだけでなく、フレームを外し、Y字形の背板、脚、貫、座枠まですべて分解した。
座面のペーパーコードを張り替え作業中。まだコードを編んでいない真ん中のスペースが、長方形になるように注意を払う。photo: Kengo Watanabe
背板は成形合板製で、柔軟性と安定性がある。Y字形の先端はホゾが施されており、アームのホゾ穴にねじって接合する。photo: Kengo Watanabe
Yチェアの特徴的な背板は、成形合板をY字形に加工することで柔軟性が生まれ、組み立てる際にねじってアームのホゾ穴へ入れやすくなっている。アームをしっかりと支えるだけでなく、持ち運びやすい隙間を生み出してもいる。Y字形の背板の下部を差し込む座枠には、ペーパーコードを編むために細長い穴が設けられてある。使用中に常に荷重がかかる部分なので、穴の端から裂けるリスクがあり、チェリー材のYチェアが発売される1999年頃に、穴の角を丸く加工することによって強度が増した。
他にも、脚のカーブが見る角度によって直線的に見えたり曲がって見えたりする魅力的なラインをどのように設計しているか、U字形のアームがどれほど座りやすさに影響するか……などさまざまな考察が繰り広げられる。
実際に分解を手がけた坂本は、「どこに注力するか、メーカーの考え方によって違ってくる。コストを下げたいなら部材の品質を落とすこともあるだろうし、細部の加工に差をつける場合もある。Yチェアの背板は2次元に成形された板からつくられている。3次元に成形せず、組み立て時にねじって組み立てるようにした工夫は、 見た目と機能性、強度を破綻なく結びつけていると分析する。各パーツをていねいに観察した記録からは、70年間以上もYチェアが人気であり続ける理由が導き出されていくのである。
知られざる名作J.L.モラーNO.77の絶妙なバランス
デンマークではメジャーなJ.L. モラー。近年ヴィンテージ家具店でも見かけるようになった「 No.77」。photo: Kengo Watanabe
名作椅子は、たとえ脚が折れてしまっても復活する。J.L.モラーがデザインした「No.77」の事例を見れば、誰もがそう納得するだろう。
本書で取り上げているのは前脚1本が無残に折れたNo.77だが、分解された後には見事に修復され、椅子としての機能を取り戻している。それは、J.L.モラーの椅子のほとんどが、脚をつなぐ役目の貫がないシンプルな構造であることと関連が深い。ホゾ組みとダボ継ぎにより座枠と脚の接合部がしっかりと組み合わされるので、貫がなくても脚がぐらつかないのだ。
「椅子のデザインをシンプルに見せるだけではなく、部材を減らすことにも大きな意味がある。コストダウンが図れるし、高価な椅子だからといって修理できるとは限らない。長く使うには、修理に必要な部材の代用品となる木材や金具が入手しやすいかどうかも関係してくる」、と西川は解説している。構造を簡単にし、効率的に製造するためにも効果的な工夫は、経年劣化にも対応する仕組みに結びつく。
座枠の内側に、ペーパーコードを引っ掛けるL字型の釘を打ち込む。左がペーパーコードを編み終えた後の座面裏側。photo: Kengo Watanabe
No.77の座面は、座枠の内側にペーパーコードを巻きつけるための釘が打たれている。本書では、解体時に抜き取った釘の再利用ではなく、国内で特注したL字型の釘を新しく打ち直している。1950年代に発売されて以来、現在も堅実な家具製作を続けているメーカーのロングセラーとして日本でも人気の高いNo.77は、修復に持ち込まれることも多い。大量に使う釘を輸入するよりも、国内で調達できる方が良い。
大切なのは、「その針を抜いてから再び打ち込むという負荷に、座枠の木材が耐えられる品質であるかどうか。使用中に緩んで抜け落ちない強度があるかどうか」という点にある。また、 木製椅子の接合部分は、乾燥によって木が収縮することで必ず緩んでくる。その場合にも、材質の良し悪しは重要なポイントになるのである。
布張りを剥がしてわかる、意外な素材。
左が張替え後のフィン・ユール「No.45」。右はフレームだけの状態。photo: Kengo Watanabe
ペーパーコードの編み直しと同様、座面や背の生地を張り替える修復においても、名作椅子を分解すると思わぬ素材に支えられていることがわかる。
フィン・ユールのアームチェア「No.45」は、「世界一美しいアームをもつ椅子」と表現されるほど、木製の構造体が特徴的な名作。1945年に世へ送り出されてから今なお、その地位は揺るがない。本書では、緻密に設計されたアームから脚へと延びるラインに埋もれるような背と座面のクッション内部まで剥がして見せている。まず張地を剥がし、布を留めてある釘を抜いて下張りの布を取り去り、中の綿を剥がした下からは、黒い馬毛が現れた。さらにその下には繊維状の麻が敷き詰められ、ようやく一番下に麻布(ヘッシャンクロス)が張られている様子まで明らかになった。
そして、アルネ・ヤコブセンの代表作「エッグチェア」もまた、大胆に全体を剥ぎ取る手法で分解されている。卵のようなユニークな形状を構成するシェルの全体を覆う張地を剥がすと、裏側はシート状の綿が、座面側にはウレタンシートが張られている状態だとわかる。さらに、ボディにこびりついているウレタンを削り取った部分では、基部となるグラスファイバーまで現れた。
エッグチェアのボディに張り付いているウレタンを剥がす(作業者:桧皮奉庸〔桧皮椅子店/神戸〕)。photo: Kengo Watanabe
修復の方法はひとつの例だと坂本は話す。「使う道具も人によって違うし、これが正解と断言はできない。完成した状態の椅子からは品質が伝わりづらいかもしれないけれど、少なくとも修理をすることで、こう作るとこうなるんだ、というデザインの勉強にはなるはず。ただ、木工デザイナーの立場では、つまらない新作を作るくらいなら、壊れてしまったものを修理することの方が重要だと思う」、と言うが、ひとつひとつ状態の異なる椅子に向き合い、破壊しそうな部分には力を加減しながら手をかけていく工程そのものがクリエイティブにも感じられる。
「確かな品質の椅子ならば、修理して再生できることを知ってほしい。修理しやすいこと、あるいは修理できることが名作の条件のひとつ」。家具から工芸に至るまで木をテーマに研究してきた西川は、そう断言する。直しながら長く愛用できる1脚と出合うために、本書で新たな視点を身につけてみてはいかがだろうか。
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