オラファー・エリアソン『溶ける氷河のシリーズ 1999/2019』2019年 20年を経て環境がどのように変化しているのか、アイスランドの氷河を定点撮影した写真で提示する。Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2019 Olafur Eliasson
長谷川:今回の東京都現代美術館の個展で、あなたはサステイナビリティやエコロジーへの関心をテーマにしていらっしゃいます。展覧会の準備をしながら過去の作品も振り返り、本当にあなたはキャリアの初期からエコロジーについての考えを作品で表現されてきたことを再確認しました。たとえば2003年にロンドンのテートモダンで発表した『Weather Project』。人々が1カ所に集まり、展示室に出現した太陽の光を浴びながら自然のことを考える作品です。そんなエコロジカル・マインドにかかわることを既に始めていたわけです。
それともうひとつ、『Green River』という初期の作品では、無害な緑の染料を川に垂らして、川の存在を強調することで、自然と私たちとのかかわりについて考えさせてくれました。個人レベルで鑑賞する個人と作品の1対1のミクロな関係から、どんどん他の人と共有する方向へと展開してきました。ある意味で内省的なアプローチから、より大きくマテリアルの力をみんなが見たり感じたりして共有できるような、新しい唯物論的なアプローチへと発展したことが、今回の展覧会に反映されていると思っています。
エリアソン:解説をありがとうございます。私は子どもの頃にアイスランドで長い時間を過ごしましたが、家族で山や川に向かうことも多かったんです。父がアーティストだったので、兄弟とみんなで絵を描きに山や川に行ったのですが、私はそこで絵を描くのが退屈だったので、ひとりで川に行ったり山に登ったりして遊んでいました。そんな経験が、自分の作品づくりに大きく影響しています。客観的な自然観に到達することにはあまり興味がなくて、文化や人と自然とのかかわりへの興味から作品を制作しているのです。
オラファー・エリアソン『おそれてる?』2004年 Kunstmuseum Wolfsburg, Germany © 2004 Olafur Eliasson
エリアソン:地球の表面にさまざまな生命の生活圏がありますが、地質学的な用語でクリティカル・ゾーン(※)と呼ばれる領域で、それは地球という球体において表面付近のとても薄い範囲に過ぎません。地下を400mも掘れば生命活動はなくなり、上空も800mにも達すれば飛ぶ鳥がちらほらいるかどうかです。そんなクリティカル・ゾーンをどう見つめるか、そこにおけるシステムをどうデザインし直すかという取り組みを初めて行ったのが今回の展覧会です。
長谷川:その意図が「ときに川は橋となる」という展覧会タイトルに反映されていますね。
エリアソン:川には橋がかかっていて、私たちはそこを渡ることを当たり前だと思っています。しかしときとしては、川を渡るために違う方法を生み出さないといけないかもしれない。地球環境の急激な変化に直面している私たちは、いままでのものの見方や考え方を考え直し、未来を再設計しなくてはいけません。そうした物事の見方の完全なシフトをこのタイトルに表現しています。
※地球上で生態系の活動、相互作用がすべて含まれる範囲。「地球表層で、岩石、土壌、水、大気、生物間の複雑な相互作用が物質循環を支配している境界領域」とクリティカルゾーン観測所によって定義されている。
オラファー・エリアソン『ときに川は橋となる』2020年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson
列車と地球のダンスを記録する。
長谷川:展覧会を企画し始める段階で、オラファーからの提案で印象的だったのは水の話です。日本は水に囲まれているから、その感性を汲み取れるような展示にしたいと。そして天井が高く面積の広い展示空間であるアトリウムには、大きな12個のリフレクションが私たちの頭上で月のような光となって、ゆらゆらと波のように変化する『ときに川は橋となる』が展示されています。鑑賞者である私たちは、この作品を通して「時間を見る」という得難い経験をします。
エリアソン:この巨大な作品は長谷川さんに「絶対にやってほしい」と言われて制作したんですが、素晴らしいキュレーターというのは、アーティストとしてベストな私になれるよう後押ししてくれます。最初はベルリンのスタジオでいろいろテストしたんですが、アトリウムのサイズが大きすぎて、ベルリンでは実験できなかった。日本には素晴らしい工芸の伝統があるので、現地で日本の技術者につくっていただいた方がうまくいくかもしれないと想像できました。技術がアートを支配してはいけない、ということも日本のスタッフはよく理解なさっていますから。
長谷川:小さな部屋で実験していた光の波のリフレクションを大きくして展示してほしいとお願いしたら、あなたは夢の世界にいるような体験をさせてくれる作品を実現してくれました。作品を施工する優秀なコントラクターがいて、キュレーターのチームがいて、アーティストであるあなたと掛け合いながら、面白い展開を生み出す。あなたが現場にいない状況であの微妙なリフレクションを実現し、時間を表現することは本当に難しかったけど、遠隔でビデオ通話であなたと話しながら怒鳴ったりもしましたが、あなたは辛抱強く聞いてくれて、作品をチューニングできました。あれは忘れられない体験です。
オラファー・エリアソン『クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no. 1-12』部分 2020年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson
エリアソン:たくさんコラボレーションをし、時間、水、感覚などのテーマを集めた展覧会を私は建築のようなものだと、寺院のようなものだと考えています。今回の展覧会には大型の作品だけではなく、小さなドローイングなども展示されているのですが、多くの作品を列車で輸送しました。環境への負担を軽減するために飛行機での搬送を避け、ドイツからポーランド、ロシア、中国を経由して地続きで移動してきました。
その列車での搬送をきっかけに生まれた作品(上写真)もあります。スタジオのメンバーのひとりが、ドローイング・マシンをつくったのです。箱の中に紙を置き、電車の振動によって円筒形のドローイング装置が紙の上を動き回ってドローイングをする仕組みです。これはいわば、ベルリンから東京までの線の記録です。列車が地球の表面をなぞり、列車と地球がダンスしたのだとイメージしてください。その結果がドローイングになりました。クリティカル・ゾーンの表面をドローイングで記録した作品だといえるかもしれません。
長谷川:あなたが取り組んでいる「リトルサン(※)」のプロジェクトも、今回の展覧会で『サンライト・グラフィティ』として登場します。携帯用のソーラーライトですが、あれはひと晩中明るいですよね。あの黄色い花のデザインはエチオピアの国花からとったと聞いています。エチオピアの電気の通っていない地域の人々に届けるために開発を進めたエピソードから、あなたが誰に向けて表現を行い、メッセージを届けているのかを読み取ることができます。
※2012年にオラファー・エリアソンがロンドンのテート・モダンに在籍するエンジニアのフレデリック・オッテセンと共同で開発した携帯型のポータブルランプ。現在では、110万個以上のランプが世界各地の電力のない地域に届けられている。
オラファー・エリアソン『サンライト・グラフィティ』2012年 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2012 Olafur Eliasson
長谷川:展覧会の開幕が延期となってしまったのは初めての体験ですし、残念なことですが、展覧会がオープンしたら、ぜひ多くの方々にオラファー・エリアソンというアーティストの表現に触れていただきたいと思っています。
エリアソン:大変な思いをしながら展覧会をつくってきて、オープニングを心待ちにする中で開幕が延期となってしまったのはとてもショックなことでした。息を止めたような状態で楽しみにオープニングを待っていたら、そのままでいることを余儀なくされてしまいました。このまま息を止めているわけにはいきません。私は展覧会がオープンすることを本当に楽しみにしていますし、このままでは私自身が爆発してしまいそうです。