「人間」がいちばん難しいから、25年描き続ける。
加藤 泉
アーティスト
アーティスト・加藤泉の個展『LIKE A ROLLING SNOWBALL 』が、原美術館とハラ ミュージアム アークで同時開催中だ。加藤は1990年代半ばから一貫して、人の顔とかたちをモチーフに油彩や彫刻を発表してきた。原美術館では新作約30点が、ハラ ミュージアム アークでは初期作から近作までの約140点が展示され、2館を巡れば、25年間におよぶ表現の全容をたどることができる。
「25年って、意外とこんなものかという思いと、飽きずによくやってきたなという思いがある」。制作途中の彫像が並ぶ都内アトリエで、彼は言った。
「自分では更新しながらここまでやってきたつもりでも、これだけしか進んでない。だから逆に言えば、ここからまだ行けるんだ、とも感じています」
アトリエの壁には、完成したばかりのカラフルで力強い絵画がかかる。色彩は蠢くようにダイナミックであるが、描かれた者の眼差しは虚空を見据え、変容と安定が同居している。精霊や胎児のように無垢でありながら、異次元からの使者のように不穏でもある。また代表的なシリーズである、重厚な木彫像に無数のソフトビニール人形を付け、寄生させたような作品からは、孤高と群衆の二面性が感じられる。
「作品もアーティストの人格もそうだけれど、両極が入っていないとつまらない。安定と不安定、ワイルドと繊細。片方だけでなく両方の情報が入ってそれが造形に出る。二面性の幅が広いほど情報は多く、作品は豊かだと思う」
加藤がつくる異形の者には、身体から植物の芽が伸びたり、顔面に複数の円が描かれたり、その時々において特徴的な、本人いわく表現の「ブーム」が現れる。だが、そのブームがどこから来るのかは彼にもわからない。
「僕自身から湧き上がってくるのか、なにか外の情報が僕を通過して出るのか。僕が決めているようで、決めるのは僕じゃない。神がかって聞こえてしまうけれど、作品とやりとりしながらつくっていると、作品から『こうしろ』と言われるんです。こうしたほうがいいという次の一手がどんどん出て、勝手に作品ができていく感じ」。
だが、次の一手を自分が理解してしまったら、飽きてブームが終わるという。新作は6ⅿ×2mの布に描いた大型作品。表現の手段は多様化する一方、「人間」というモチーフだけを変わらず追い続けるモチベーションはなにか。
「人間がいちばん難しい。絵でも彫刻でも、人間が人間をつくるのが最もハードルが高いんです。なぜなら観る人も自分も、人間に対してはジャッジが厳しいから。昔から肖像画は描かれ、人の彫刻もつくられ続け、新しくもないし、やりどころが難しい。だから勝負して楽しい。挑戦が好きなんです」
さらには、もともと人が好きだから、と彼は続ける。「人や社会に対してたくさん文句があるんです。それは多分興味があるから。東京にアトリエをもつのもそうで、人が少ない環境で絵を描きたいと思わない。社会と接していたいし、仲のいい奴だけでコミュニティをつくって生きるのも嫌ですね」
創作のかたわら、THE TETORAPOTZという覆面ロックバンドを組んでドラムを叩く。初期衝動が弾けるハードな曲と、覆面の中年男性バンドというビジュアルがシュールだ。「バンドは趣味」と言いつつ、革製の覆面は彼の作品で、作詞作曲も行う。
個展では自らの作家人生を「転がる雪玉」に見立てた加藤。予測不能な次の一手をどんどんくっつけて、膨らみ続ける雪玉には、この先どんな顔が描かれるのだろうか。
※Pen 2019年 09月01日号 No.480(8月16日発売)より転載
『加藤泉―LIKE A ROLLING SNOWBALL』
油彩と木彫、ドローイング、布や石を使うインスタレーションまで、多彩な作品を2館でみせる大規模個展。ハラミュージアム アークでは8/24にTHE TETORAPOTZのライブも行う。上:『無題』2008年 photo: Ikuhiro Watanabe ©2008 Izumi Kato 下:『無題』2019年 photo: Kei Okano ©2019 Izumi Kato
ハラ ミュージアム アーク:
2019年7月13日(土)~2020年1月13日(月・祝)
群馬県渋川市金井2855-1
原美術館:
2019年8月10日(土)~2020年1月13日(月・祝)
東京都品川区北品川4-7-25
www.haramuseum.or.jp