ありのままの自分が、絵筆を握ると姿を見せる。
藤井フミヤ
ミュージシャン/アーティスト
藤井フミヤが画家でもあることは、秘密でもなんでもない。だがその全貌を知る人は、かなり限られているのではないかと思う。なにしろ最後に個展を行ったのは2003年。8月後半に始まる『Fumiyart 2019 藤井フミヤ展 The Diversity』は、その16年間の空白を埋め、音楽に目覚める前から絵に夢中だったという彼のビジュアル・アーティストとしてのスケールを、多くの人に知らしめることになるだろう。
「小学生の頃は、図工の成績だけがずば抜けてよかったんです。あとはどうってことはなくて。賞状は絵でしかもらったことがないし、もともとそういう道に進むのかもしれないと思っていた。でもバンドを組んで、うまいことデビューしちゃったんですよ(笑)」
藤井は、デビュー後も独学でアートに取り組み、まずはCGに挑戦。1990年代以降、精力的に国内外で作品を発表していたが、2003年の個展後はしばしアートから遠ざかっていた。
「あの頃はアート以外にも役者とかプロデュースとか、いろいろやっていました。でもあれこれ広げすぎて、自分の柱である歌というものが細くなってしまって。それで『全部やめた』と、一旦歌に戻ることにしたんです」
その柱を改めて確立し、アートに帰ってきたのは、10年代に入ってから。いまはだいたい毎日午前中を絵に充てて、「時間を忘れ、水を飲むことも忘れて無心で描いていますね」と話す。
手法についても、「一点しか存在しないものに惹かれて」とデジタルからアナログへ移行。ほぼ全作品で女性を描いてきた。「クリムトと同じような理由です」と笑うが、水彩、油彩、アクリル、あるいは切り絵、自ら考案したボールペン画……と、用いるテクニックはさまざま。そこは、ジャンルに縛られないポップ・シンガーだという点に通ずる。とはいえ、彼の中で音楽とアートが交わることはなく、逆に切り離されているからこそ面白いのだという。
「たとえば絵に関しては、納得するのは自分だけでいいからなんでもできる自由がある。完全に自分のセンスが出るので、ちょっと気恥ずかしいですけど(笑)。歌はそういうわけにはいかなくて、やっぱり売らなくちゃいけないから、聴き手を意識しますね」
つまり、普段は見えない素の藤井フミヤは、むしろ絵に現れる。そこに見えるのは、気が遠くなるような緻密な作業が生む装飾性であれ、想像力を解き放った超現実性であれ、万人に愛されてきた彼のヒット曲の数々とは一線を画す、ある意味でマニアックな美意識。前述したグスタフ・クリムトやエゴン・シーレ、ジョルジョ・デ・キリコから手塚治虫まで、影響源として挙がったアーティストの名前にも頷ける。
「七宝や象牙細工とか明治時代の工芸も好きで、描いていて緻密になるのはそういうものを見ているせいでしょうね。いつも流れに任せていて、好きで描いているわけだから自分らしい作品なんでしょうけど、『なんでこうなっちゃうんだろう?』とは思います」
そんな彼の絵心を目下かき立てているのは、最近観に行くようになったというバレエ。展覧会が終わってひと段落したら、描いてみるつもりだ。
「本当は絵をちゃんと習ってみたいんですが、時間がなくて。正しいかわからないけど、とりあえずやっちゃえ!みたいな感じです。こうなったら、とにかく描き続けることがいちばん大事だと思っています」
※Pen 2019年 08月15日号 No.479(8月1日発売)より転載
『Fumiyart 2019 藤井フミヤ展 The Diversity』
16年ぶりの個展では、「背中を描きたい」との想いから生まれた『祈り』(上)や、サインペンを水でぼかして彩色した『鏡の中』(下)を含む、約100点の作品を展示する。
開催期間:2019年8月21日(水)~9月1日(日)
開催場所:代官山ヒルサイドフォーラム
渋谷区猿楽町18-8 ヒルサイドテラスF棟
TEL:03-5489-3686(アートオブセッション)
開廊時間:11時~19時 ※入場は18時30分まで
会期中無休
入場料:一般¥700