Creator’s file
1冊をひとりで手がける、ブックアートの開拓者
コンテンツの企画からデザイン、制作に必要な印刷や製本の工程にいたるまで、すべての作業をひとりのアーティストが手がける「ブックアート」。本をメディアとして使った芸術表現のひとつとも呼べるものに太田泰友が出合ったのは、大学院時代のこと。これから将来、どのように本と関わるべきかを模索していた時だった。
「プロダクトデザインを志望して日本の大学に入りましたが、ブックデザインの世界を見るうちに本づくりへと興味が移りました。でも学科の中のグラフィックデザインの領域では自分の特徴が生きないと感じていたんです。ちょうどその頃に開催されていたブックアートの展覧会を見て、新しい可能性を感じました」
文章やイラスト、写真などの素材が揃った上で、文脈を読み解きながら読者に届けるための体裁を整えることがブックデザインとするならば、ブックアートは、いちからコンセプトをつくり、材料をひとつずつ自分で集めることから作業がスタートする。
「あるテーマのもと、テキストや文字表現、グラフィック、造本、材料など、本を構成するあらゆる要素をそれぞれ別々に走らせておき、それらがあるタイミングで交差した瞬間にひとつのコンセプトのもとに作品が立ち現れます。この瞬間を待つのが楽しい」
デジタルメディアの発展により、活字離れの加速が懸念される昨今。本と人との関係を、太田自身はどのように感じているのだろうか。
「情報の伝達速度が速くなったことは大きな進歩ですが、本の価値はそれだけで測れるものではありません。逆にいままで以上に本が物質として存在する意味、そして本をつくり、それに触れることの重要性が問われるようになったのではないでしょうか」
現在はドイツに住んでいるが、来年には拠点を日本に移し、両国を行き来しながら創作を続けたいと語る。
「ドイツでは、いかにコンセプトを力強く作品に結びつけることが大切かを学びました。一方、日本には多種多様な美しい紙、そして高度な技術が存在します。ブックアートにとって重要な両国の強みを融合させながら、本の新たな魅力を見つけていきたいです」
広く浸透していないブックアートだからこそ自らが開拓することで、さらに新しい概念を宿す芸術へと昇華させていきたい。目を輝かせながら、太田はその夢を語ってくれた。
『有意義な距離と不可欠な結合について』(2014年)。本を空間として捉え、家の間取りを再現。各部屋に1冊の本が配置される。photo:Stefan Gunnesch
『鱒』(2014年)。題材にしたのは、シューベルトの歌曲「鱒」。詩の内容と川を自由に泳ぐ鱒の姿を、本の形態で表現している。photo:Stefan Gunnesch