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見えるもの以外の何かを、
画づくりに込めたい。
妻夫木聡をはじめ、日本映画界を牽引する俳優を揃えて、直木賞候補にもなった人気ミステリー小説を映画化した『愚行録』。これほど大きなプロジェクトに、この作品が長編デビュー作となる若き才能が抜擢されたことは、事件と言っていいかもしれない。石川慶監督は東北大学物理学科を卒業後、ロマン・ポランスキーらを輩出したポーランド国立映画大学に進学したという、異色の経歴の持ち主だ。
「両親が映画好きで、子どもの頃は留守番の間に『ブリキの太鼓』とかを観させられていました。いつか自分でも映画をつくる側に立ちたいと思っていたんです。興味があった物理学科を選びましたが、映画を学んでみたいと、ヨーロッパの映画を志す若者たちが切磋琢磨する学校に進みました」
大学の先輩でもあり、昨年亡くなった巨匠、アンジェイ・ワイダ監督が企画の相談に乗ってくれるような〝素晴らしい環境〞の中で演出を学びながら短編映画の製作を中心にキャリアを積み、母国語で長編映画を撮りたいという思いを胸に帰国した。短編を通じて石川監督の才能に惚れ込んだプロデューサーとのタッグにより「現代日本の縮図が描かれている」と言っても過言ではない小説『愚行録』の映画化が実現。大学の友人であるポーランド人の撮影監督が東京でカメラを回し、一家惨殺事件の被害者を知る人々の告白が、観る者を思いがけない場所へと連れて行く作品が完成した。
「日本をそのまま土着的に撮るのではなく、見えているもの以外のなにかが込められている、メタファーになり得る画づくりがしたいと考えていました。知っている街なのに、どこかパラレルワールドに見える。そこから、日本独特の階級社会が浮かび上がってくるのではないか、と。誰も泣かない湿っぽさのない脚本も含めて、僕たちの挑戦が成功しているかどうかを、ぜひ映画館で観て判断してほしいです」
さまざまなジャンルの短編映画を撮っていた頃「作家性が見えないと言われることがコンプレックスだった」と語る。けれどもいま、その思いにも変化が訪れている。
「これはスタートであり、いままでの集大成。言葉では伝えられない自分の癖や好み、こだわりが詰まった作品になりました。これから先の願いは、ていねいに映画を撮っていくこと。その瞬間の最高傑作だという意気込みで映画を残していきたいです」
ミステリー小説を妻夫木聡主演で映画化した『愚行録』
短編作品『Dear World』(2008)。過去、SFから人間ドラマまで、これまでに幅広いジャンルの短編映画を手がけてきた。