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オートランス プレイグラウンド ラビリンス

こ、これでも腕時計!? 革新的な複雑メカで知られるブランドによる「無用の用」を究めた“ゲームピース”とは?

文:笠木恵司

時計ジャーナリスト。1990年代半ばからスイスのジュネーブ、バーゼルで開催される国際時計展示会を取材してきた。時計工房などの取材経験も豊富。共著として『腕時計雑学ノート』(ダイヤモンド社)

外観はいかにも腕時計だが、時を教えてくれる機能は一切ない。ダイヤル(?)を傾けることで、小さなプラチナのボールを下部左側の穴に落とす“ゲームピース”。リューズを回すと、このボールが沈んで右側の穴から押し出されるので、ゲームが再開可能。老荘の思想である「無用の用」をラグジュアリーな“ゲームピース”で実現したと言えば大げさに過ぎるだろうか。

やや横長の角形ケースにリューズも備えて、外観はいかにも腕時計ですが、ダイヤル部分は垂直の壁で仕切られたレトロな雰囲気の立体迷路。腕を前後左右に傾けることで小さなボールを誘導し、下部の穴に落とすゲームを楽しめます。時計好きなら「まさかそれだけ?」と見えないところに隠されたメカニズムを探ろうとするでしょうが、残念ながら表も裏もケースサイドもまさに「それだけ」。時間を知らせる機能は一切ありません。

では、なぜリューズがあるのでしょうか。これは下部の2つの穴に設定されたリフトに連動しており、ボールが左側の穴に落ちてゲームオーバーになったら、手前にグルグルと回します。するとボールは沈んでいき、やがて反対側の右の穴から押し出されてくるのでゲームを再開できます。このボールはポリッシュ仕上げのプラチナで、ダイヤルの迷路も18Kレッドゴールドなど、マテリアルは完全に高級時計。にもかかわらず、あまりにもシンプルかつアナログな機能しかないので、その大いなるギャップが笑いを誘わずにはいられません。それこそが、タイムピースならぬ“ゲームピース”とでも呼びたい「ラビリンス」の狙いなのです。

開発したのは、時計製造の中心地として知られるスイスのラ・ショー・ド・フォンで2004年に創業した「オートランス」。チェーン駆動のジャンピングアワー(!)に連動して、調速脱進機と輪列が1時間ごとに60度ずつ回転する「HL2コレクション」など、革新的な複雑機械式時計を開発してきました。そんな超絶技巧を駆使できるブランドが、まったく対極にあるような単純極まりない、「無用」とすら思えるゲームピースを16年につくってしまったのです。

15年末からCEOに就任したサンドロ・レジネッリは「スーパー・コンプリケーションを得意とするブランドとして12年間の実績があるので、これからは掟破りに挑戦したいと思ったのです」と語ります。時間を知りたいならスマホを見ればいい時代。ならば「むしろ時間を忘れてしまうものを腕に着けることで、逆に時間の大切さを再認識できるのではないか」と考えたそうです。

直接的なヒントは、彼が子どもの頃に祖父母の家で遊んだノスタルジックな迷路ゲーム。それをアイデアだけの片手間ではなく、これまで蓄積してきた時計技術と最上級の素材を導入して製作した、ハイクォリティなラグジュアリー・プロダクトなのです。

古代中国で生まれた老子・荘子の思想で「無用の用」という言葉があります。これは「役に立たないと思われるものが、実は大きな役割を果たしていること」(『故事ことわざ辞典』)を意味します。時間が分からない腕時計はまさに「無用」というほかない存在ですが、前述したように逆に時間の大切さを表しているほか、レジネッリCEOが「こんな腕時計は誰もしていないから絶対に注目されるよ」と指摘するように、間接的に様々な「用」をもたらす可能性があります。

この「ラビリンス」は「プレイグラウンド」と呼ばれるコレクションの第一弾であり、斬新でユニークな発想を具体化する文字通りの「遊び場」として、これからも時計好きを仰天させるプロダクトが誕生する予定。ちなみにオートランス(HAUTLENCE)とは、会社の所在地であるヌーシャテル州=NEUCHATELのアナグラム(つづり文字の入れ替え)。すでに創業時から遊び心がDNAに組み込まれていたブランドなのです。

リューズの回転によって動く自社製メカニカル・リフト機構を搭載。石数は9石。ケースはサテン仕上げのグレード5チタニウム。サイズは37×42.5×13㎜。迷路の壁と床の部分は18Kレッドゴールド。ボールはポリッシュ仕上げのプラチナ。アリゲーターストラップ。3気圧防水。世界18本限定。¥1,800,000(税別)
問い合わせ先/ノーブルスタイリング TEL:03-6277-1600 
サンドロ・レジネッリ

今回のコメント

サンドロ・レジネッリ

オートランスCEO及び共同創業者

私も含めたクレイジーな4人が集まり2004年に創業したのがオートランスです。それまでの機械式腕時計は何かが欠けていたように感じて、コンテンポラリーな複雑機構に挑戦。それが成功して「時計表示の革新者」と評価されるようになりました。この路線は今後も継続しますが、その一方で大胆に「掟破り」をしてもいい時期ではないかと。そこで「プレイグラウンド」という新たなコレクションを設定。ユニークで画期的であるだけでなく、メカニカルで美しいことを条件に、第1弾として誕生したのが、時間を教えてくれない腕時計「ラビリンス」です。これまでも機械式時計の限界を超えてきましたが、「プレイグラウンド」ではさらに常識や掟や約束事を破っていくつもりなので、ご期待ください。

1995年からウォッチメイキングの世界で活躍。グッチタイムピース、タグ・ホイヤー、モーリス・ラクロアで執行責任者として経営実務を遂行してきた。2015年12月1日から現職。

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