名作椅子の多くはデザイナーによるものですが、なかにはメーカーや職人の手が生みだしたアノニマスな名作椅子もあります。1944年、アメリカ海軍の要請を受けて開発された「ネイビーチェア」はその最たるものでしょう。過酷な環境にも耐える堅牢さと椅子然とした実直なデザインは、一般のユーザーにとどまらず建築家やデザイナーをも強く惹きつけています。
1940年、アメリカ・ペンシルベニア州に創業したEMECO社はもともと作業用工具や鋳造金型などを製造する工場でした。アメリカ海軍がその金属加工技術を見込み、潜水艦や船上での使用にも耐えうる椅子の開発を依頼します。頑丈で耐久性に優れ、海水に強く、重量制限のある潜水艦でも使えるように軽いこと。これらの条件を満たすため、EMECO社はアルミニウムを素材に「ネイビーチェア」を作り上げました。
現在はアイコニックで質実剛健な椅子として知られる「ネイビーチェア」ですが、1990年代には世界情勢の変化で軍からの需要が減り、EMECO社も苦境に立たされます。98年に父親から事業を引き継いだグレッグ・バックバインダーは、「ネイビーチェア」がジョルジオ・アルマーニやフィリップ・スタルクらに愛用されていることを知ります。2000年には「ネイビーチェア」の要素をもった、スタルクによる新作椅子を発表。これとともに再び「ネイビーチェア」は注目を集めます。スタルクに続き、フランク・ゲーリー、ノーマン・フォスター、エットレ・ソットサス、最近ではジャスパー・モリソンやnendo、バーバー・オズガビーらとも精力的に新作を発表します。こうして半ば忘れられていた椅子は、いまや広く親しまれる一脚となりました。また「ネイビーチェア」は再生アルミニウムを80~85%も使用するリサイクル率の高さを誇ります。環境へのアクションが求めれる昨今、ますます注目を集めていくことになりそうです。
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