黒モノ家電は「趣味性の高さ」がますます重要! 家電コンシェルジュ・麻倉怜士が選んだ新作家電ベスト5
東京2020オリンピックを目前に、4K動画の普及や5G回線の実現化など、さまざまなニュースが飛び交った2019年。Pen連載「家電コンシェルジュ」でお馴染みの麻倉怜士が最新黒モノ家電のベスト5を紹介する。
1.デジカメ受難の時代に登場した、”圧倒的“なコンデジ
2.エネルギーを凝縮したような、ハイエンドなイヤフォン
3.暗くした空間で、最高の映像体味わう4Kディスプレイ
4.映画を観るのに最適な、シネスコサイズの長いスマホ
5.頭の周りに「ライブ空間」を頂く、次世代のスピーカー
6.総括・2019年の黒モノ家電とは?
デジカメ受難の時代に登場した、”圧倒的”なコンデジ
コンパクトデジカメ市場はもうなくなる寸前だ。だからいま、逆にこだわりさえあれば刮目のカメラがつくれるチャンスだ。リコーGR3はまさに逆張りの奇跡のカメラだ。
衰退市場だからこそ、つくりたいものがつくれた。成長市場では参入者も多く、同じようなものがあふれるが、市場が小さくなると、トレンドや売れ筋を追う必要もなくなり、自分たちが良いと思うことを、そのまま採用できる。
そこで本当に必要な機能だけを採用し、必要ないものは削った。GRのユーザーはシャッター速度や絞り調節で、自在な絵づくりが出来る人だから、フルオートモードを削除。内蔵フラッシュもたまにしか使わないから削除。
かわりに圧倒的な操作性を手に入れた。とっさに被写体に遭遇して撮る場合も、電源ボタンを押すと、瞬時の速さでスタンバイ。撮りたいと思ったときに、すぐに立ち上がり、撮影動作に入れる。
手に感じる操作感も格別だ。GR伝統の長丸形シャッターボタンが人指し指にジャストフィット。ソフトなフィーリングでも、リジッドに確実に押せ、「撮ったぞ!」と納得感が涌く。 レンズ鏡筒が静かに、しかし高速に出てくる様がすがすがしくも、すぐに臨戦態勢に入れる。バッテリー節約のための電源OFFもスムーズ。
画質は実に上質だ。解像感が高く、質感は繊細でこまやかだ。輪郭やディテールを強調するような人工感がまったくなく、細部まで滑らかなのだが、同時にしっかりとした粒状感と豊富な階調表現が、絵の上質さに寄与している。立体感を醸し出す光の表情が美しく、静謐なときめきも。まさに大人の深い絵だ。レンズ性能が格段に優れていることは、周辺までの解像感が格段に良いことと、ボケ味が美しいことで分かる。特にマクロ時のボケがきれい。マクロとノーマルの切り替えも、ボタンひとつで確実だ。スマホでは絶対にこの優れた操作感覚、この高画質は得られない。
●リコーイメージング www.ricoh-imaging.co.jp/japan/products/gr-3
エネルギーを凝縮したような、ハイエンドなイヤフォン
SNEXT(エスネクスト)の「final(ファイナル)」のヘッドフォンシリーズは私のリファレンスだ。非常に品質感が高く、他とは次元の異なるサウンドを発する。そのエスネクストの新製品、フラグシップイヤフォン「A8000」もまた素晴らしい。「トゥルーベリリウム振動板」搭載がセールスポイントだ。強い剛性、速い伝搬速度、高い内部損失とスピーカー振動板の理想条件を備えるベリリウムだが、耐久性が低く、これまではフィルムの表面に蒸着させるコーティング材として使われていた。
エスネクストは5年をかけて、振動板そのものをベリリウムで構成する技術開発に成功した。トゥルーベリリウムドライバーは繊細なので、ハウジングの内部容積の違いが音質へ影響を与えることがわかった。そこで内部は4分割の「テトラチャンバー構造」を採用し、試作を繰り返して、最適な内部容積を見出したという。
音質は圧倒的だ。これほど上質で、音の粒子が細かく、音調がすべらかで、なおかつ生命力に満ちあふれたイヤフォンはこれまで聴いたことがない。特にイヤフォンでは珍しく音場感に優れ、音場の横への広がりや、手前への響き感や奥行き感も豊かに聴ける。音場の中における音像のイメージも明確に見える。演奏者の直接発する音はもちろんのこと、それが演奏会場に音の粒子となって飛び散り、互いに交差し、キラキラと光り輝く様子が、まさに手にとるようにわかるのである。
A8000の音には潔癖さと高性能と音楽性の高さがあり、音のエネルギーを濃密に凝縮したような愉しさがある。次元が違う、まさにハイエンドな音がする。
●エスネクスト https://snext-final.com
暗くした空間で、最高の映像を味わう4Kディスプレイ
「JOLED(ジェイオーレッド)」の21.6型印刷RGB有機ELパネルを搭載した、4Kディスプレイ。「FORIS(フォリス)」は液晶テレビが出始めた頃にあったEIZO(当時の社名はナナオ)のシリーズ名。液晶テレビはまだまだといわれていた頃に、しっとりした画質で、高い評価を得ていた。NOVAは「新星」の意味。新世代の「FORIS」として、伝統にも則った名前だ。
画質はたいへん素晴らしい。ピーク輝度が330nitsと低い数値なので、明るい環境で高輝度で見るという用途には向かない。しかし、少し暗い環境では最高の画調だ。これ見よがしではない自然な精細感と階調感のある映像がとてもクリア。有機ELらしい、自発光の滑らかさに加え強調感、押し出し感のない、生成り的な、あるがままのビジュアルだ。
デザインもハイセンスだ。いわゆるEIZOの一般のパソコン用モニターとは異なる高品位なもの。アルミダイキャストシャーシを用いて、画面そのものが浮いているようなイメージが表現されている。表面がノングレア処理なので、近づいてもギラツキ感がない。プライベート視聴で、近接視にふさわしい。
精密な箱庭的映像美なので、近くで楽しむ「小画面4K」デスクトップシアターに最適だ。私的空間で高品位な映像を楽しんでほしい。
映画を観るのに最適な、シネスコサイズの長いスマホ
「エクスペリア5」は「エクスペリア1」のデフュージョン(普及版)だが、私がみるところ、操作性はエクスペリア1より良い。エクスペリア1の優秀機能がほとんどそのままで(画面の画素数が4Kから2Kに減少したが、このサイズなので実用性には問題ない)、使い勝手が格段に向上した。
エクスペリア5は「映画スマホ」だ。現代映画のほとんどが21:9のシネスコサイズだから、エクスペリア5も21:9なのだ。重要なキーワードが映画制作者の「ディレクターズ・インテンション」。グレーディング(色づくり)モニターとして世界的に神様的な存在のソニー「BVM-X300」(30インチ・有機EL)とほぼ同じ画調が、エクスペリア5の「クリエイターモード」で見ることができる。つまり映像制作者の意図が分かる、稀有なスマホなのだ。
さらなる映画的な文脈が、動画撮影にてソニーのプロフェッショナルカメラのテクニックを活かしたこと。それが「Cinema Pro」という動画撮影アプリだ。ここでも担当のカメラ技術者が開発に協力し、ソニーが誇るデジタル・シネマ撮影カメラVENICE(ベニス)の画調を、出来る限り忠実に移植した。「Cinema Pro」のVENICE CSルックモードで撮影すると、グラデーションが豊富で、しっとりとした映画的映像が得られる。
一般撮影アプリの画質も素晴らしい。肌色が非常にナチュラルで、階調感が豊か。コントラストや鮮鋭感の強調がなく、色のグラデーションの情報が多い。思わず微笑んでしまうような、アナログ的な味わいだ。HDRの効きも上々。強烈な日差しの青空であっても、青の色が飛ばずに残っている。浮いている雲のシャドー感が的確なので、立体的な雲が撮れる。ここにもソニーのシネマモニター、カメラと同様に、ソニーのデジタル・カメラのノウハウが数多く入っていることは想像に難くない。
頭の周りに「ライブ空間」を頂く、次世代の音響とは。
オーディオの新分野が「肩」だ。昨年から、この新分野がにわかに活気を帯び、すでに数多くが参入している、シャープの「AN-SX7」は後発にあたるが、実は歳月を掛けて試作を繰り返し完成させた逸品だ。特に音質には徹底的にこだわった。私は、いま市場で買える各社の肩乗せ式スピーカーをすべて聴いているが、この音は抜群に良い。
なにより音のバランスが整っている。この手のスピーカーは、周波数的に低音や高音を過剰に強調することが多いが、AN-SX7は特定の帯域に偏重することなく、聴感上、フラット的な音調だ。音に人工的な加工色が感じられず、進行がナチュラルで、音の質感もよい。、明瞭度も高い。意外といっては失礼だが、ウエラブル系に良くありがちなギミック的な音を想像すると、それとはまったく違う正統的な音に驚かれるだろう。
開発にはオーディオ技術者が正規業務とは別で、独自に取り組み、6年もかかった。発音方式もバスレフ(ダクトを設けて低音補強)、パッシブラジエーター(共振)、骨伝導、蛇腹振動……と、さまざまなやり方を試し、最終的に蛇腹振動が最良と分かった。この時、同時に円筒状のウエイトを使った振動機構も加えた。蛇腹が伸縮するとウエイトを揺らして振動を発生させる仕組みだ。名付けて「ACOUSTIC VIBRATION SYSTEM」。
POPナンバーでは、バスドラムとエレクトリックベースからたたき出される低音リズムの振動が鎖骨に伝わり、心地よい。
総括・2019年の黒モノ家電とは?
以上、2019年の新作家電のベスト5を紹介してきたが、今年の黒モノ家電は「趣味性の高いこだわり」のモノづくりが、私の関心を引いた。EIZO初の有機ELディスプレイ「FORIS NOVA」は、明らかに映像マニアを対象にした画質づくりだ。一般的なテレビのひたすら明るく、大きくというトレンドに背を向け、ほの暗い中で、小さな画面で映像を賞味する「大人の趣味の有機EL」だ。なにより絵に味わいがあるのがよい。
”趣味系“では「GRⅢ」以外にも35mmフルサイズセンサーを搭載した世界最軽量のミラーレス一眼、「シグマfp」にも注目した。fpはイタリア語で「fortissimo, pianissimo」。つまり「最強」と「最弱」だ。普通は並び立たない2つの対照的なコンセプトの併存をこのモデル名に込めた。具体的には「最小・最軽量にしてフルサイズセンサー内蔵の高画質」、「最上の静止画と最上の動画」、「形の簡潔さと凄い拡張性」。まさにこだわりの極致といえる。
ソニーの「Xperia 1」は、ソニー以外では不可能な「映画鑑賞・制作スマホ」だ。ソニーの宝ともいえる映画用の制作モニター、撮影カメラの映像の画調をそのままスマホに導入するなどの発想はソニーだけのものだ。
もうひとつ、コンピュータパワーをクオリティアップにいかに活かすかも焦点になった。「グーグルPixel 4 XL」は絞りやシャッタースピード、色情報などをさまざまに変化させた9枚の画像を同時に撮影する。ここからAIの力で「欲しい1枚」に加工する。まさにコンピュータの力が画質を格段に向上させた。
2019年の新作家電を総括していうならば、人間の「こだわり」と、その対極とも言える「AI」が、今後の黒モノをさらに面白くしていくに違いない、ということだろう。