おおたしんじの日本酒男子のルール Rules of Japanese sake men.
酒米、人気なんだってよ
スター・ウォーズファンにとって『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』の公開が待ち遠しい時期である。ちなみに、歴代の映画の中でいちばんなにが好き?と問われれば、うーん、『ファイトクラブ』『セブン』『ソーシャルネットワーク』などのデヴィッド・フィンチャーか、『メメント』『インセプション』『インターステラー』などのクリストファー・ノーラン作品と迷うところだが、邦画でひとつ挙げよと問われれば、迷わずこう答えるだろう。
『桐島、部活やめるってよ』
朝井リョウ原作。桐島という人物が部活を辞めるらしいという噂をきっかけに起こる物語だが、この映画の中に桐島というキャラクター自身はまったく登場しない。その周りの人物たちの会話の中から推測するしかないというのがポイントである。こういった手法の話はたくさんあるとは思うのだが、「あの桐島が?」「え!桐島くんが?」話が進めば進むほど、周りの人物たちがそれぞれ勝手にイメージしていた桐島像が、じわじわと浮かび上がってくるのが実に面白い。それは、日本酒の原料である酒米のイメージを、日本酒好きたちが勝手に想像しているときのそれにも似ている。日本酒は酒づくりに合った米、山田錦や五百万石などの酒米(酒造好適米とも呼ばれる)によってつくられるが、酒米でできたご飯など食べたことがないにもかかわらず、完成した酒のラベルを見て「なるほど山田錦ね、だからか」「あぁー、五百万石かぁ、いいね」などと、米のもつイメージを語ることも多いからだ。
桐島になれなかった大人たち
いまでこそ、ハン・ソロみたいに不器用だけど自然体に生きたいと思っている僕だが、高校生という多感な時期を思い返せば、僕も桐島のような万能でパーフェクトな存在に憧れていた(けどなれなかった)ひとりである。小さい頃からスポーツも勉強も、まあまあできたほうだ。しかし、自分の実力の客観視ができてくる高校生ともなると、模擬テストを受ければ何千人という数字が自分よりも上に出てくるのがショックだったし、サッカー部の試合では強豪校と圧倒的なフィジカルと才能の差を見せつけられるだけでなく、相手チームのメンバーがかわいいマネージャーにタオルを持ってきてもらう姿を見ながら、男子校だった僕は、メンタル的にも『桐島〜』の登場人物以上に完全な敗北を感じていた。とはいえ、当時は勉強、スポーツ、恋愛など、実力を図る定規の種類がかなり限られていたなぁと、いま思えば感じるし、大人になってからは定規の種類も増え、人間の総合的な能力値という視点で言えば、実はそんなに差はないのではないだろうかとも思えるようになった。実は、酒米もそうなのである。
昔から酒米の種類によって味に大きな違いが出ると思われていたのだが、最近の研究によると、日本酒における原材料である酒米の品種は、ある一定のレベル以上の酒米であれば、品種の違いは味の違いにほとんど影響を与えないことがわかったらしい。味の決め手は酵母の種類や酒蔵の杜氏の理念やつくり方に紐づく部分がほとんどとのこと。しかし、僕はやはりこう思うのだ。“酒米そのもの”というよりも、“その酒米を選んだ”という行動自体に蔵人の思いがつまっている。そんな蔵人がつくっている酒なのであれば多分こういう味を目指しているのだろうな、と。つまり、酒米による味の違いの本質は、周りによってつくられるという「桐島理論」が仮説として成り立つ。
酒米のキャラクター紹介
酒米の種類を挙げればキリがないが、有名なところで「山田錦」「五百万石」「雄町(おまち)」などがある。そもそも酒造好適米と呼ばれるためには、僕らが普段食べているご飯に使われる食米とは異なる特徴があるのだが、ひと言でいえば、米自体とその中心の心白のサイズが大きいということ。酒づくりには精米と呼ばれる酒米の表面を削る工程が含まれるが、特に大吟醸では50%を超える量を削ってしまうため、一粒一粒にボリュームが必要なのだ。さらに、酒米の中心にある白色の心白(しんぱく)と呼ばれる部分は、粘度が高くタンパク質の含有量が少ない。粘度が高いと精米で米が割れにくいというメリットがあり、タンパク質はごはんとしては旨味となるが、酒においては雑味として現れてしまうため少ないほうが酒造りには向いているのだ。
さぁ、ここからである。基本条件のレベルをクリアした酒米たち。『桐島〜』で言えばいわゆるスクールカーストの頂点に君臨する酒米の「品種」による違いは、先述の通り基本的には味に直接影響を与えるほどの差がないらしい。しかし、長い歴史の中で作り手やファンの間で培われた個性の差やイメージというものがある。僕なりに解釈している酒米ごとのキャラクターの違いを記載してみよう。
まずは、キングオブキング「山田錦」。酒米の中でも全国一の生産量を誇り、そのほとんどが兵庫県で生産されている酒米である。鑑評会で受賞する日本酒はこの山田錦が使われることが多い。最近の日本酒ブームの火つけ役ともなった酒たちも、この米でつくられている場合が多い一大勢力である。この酒米を使うお酒は、芳醇な甘みと香りが強いため、イメージとしては「優しくて面倒見がよい、華やかな優等生生徒会長タイプ」である。
想像力も味わいのひとつである
次に「五百万石」である。山田錦と比べても遜色のない大人気の酒米だが、比較的硬質のためか、この酒米でつくられた日本酒は、端麗ですっきりとしたキレのよいイメージがある。原産地は新潟のため、北陸を中心に生産量が多く、歴史的にも根強いファンが多い。こちらは「冷たいようで頭がキレる、アウトロータイプ」ではないだろうか。
そして「雄町」。こちらは、諸説あるが山田錦の父である短稈渡船(たんかんわたりぶね)の別名であり、五百万石の祖父でもある伝説の優等生米なのだが、あか抜けきれていない野生的で濃厚な味わいが、最近また日本酒ファンの間で注目を集めている。そう、酒米も品種改良の系譜があり、五百万石の祖父が雄町という家系図のようなつながりも日本酒には存在しており、競馬の世界のような系譜ファンもいるぐらいである。雄町はその祖ともいうべき存在であり「かっこつけないところがかっこいい、生まれながらの天然天才タイプ」とでも表現しておこう。ちなみに僕は雄町ファンでもある。
人間の味覚は本当に素晴らしい。その場、その瞬間だけの口の中の成分によって味が決まるのではなく、その酒のルーツである酒米が、どこで生まれどのような経緯でその蔵元に選ばれたかを「想像」することで、味わいにさらなる深みが出てくるのだ。「想像力」は素晴らしい。きっとそれは、足が速い、成績がよい、ルックスに恵まれている、などということ以上に大きな才能であり、ほとんどの人がもっているはずの能力なのではないだろうか。日本酒のラベルには多くの場合、酒米の品種が書かれている。まだ酒米に着目していない読者はぜひ、その能力を駆使しながら、出合いと味わいを楽しみつつ酒米のキャラクターを想像してみる面白さも味わってみてほしい。
そう、『桐島、部活やめるってよ』は、もしかしたら日本酒男子の教科書としてつくられた映画だったのかもしれない。(たぶん違う)