おおたしんじの日本酒男子のルール Rules of Japanese sake men.
フォースと日本酒とともに
『スター・ウォーズ』っぽい導入で始まるが、安心して欲しい。今回のコラムで「8」の話は一切しないことにしておく。文章内で出てくるのは、Episode.1から7までで語り尽くされた、『スター・ウォーズ』シリーズにおける一般的な情報だけ。ただ、これだけは伝えておきたい。「8」を観てチューバッカほどの歓喜の叫びをあげそうになった。どんなに美味しい日本酒を飲んだとしても、そこまで興奮することはないだろう。最高だった。小さい頃からスター・ウォーズシリーズを見続けてきて、ずっとジェダイ・マスターに憧れを抱いてきた読者であれば、いますぐ映画館へハイパードライブで向かって欲しい。
「ちょっと予定があるので先に帰ります」
そんな一言を残しながら、あっという間に一次会で帰ってしまう新人レイの世代。そんな彼らを居酒屋へ引き戻すのは、ダース・ベイダーを暗黒面から引き戻すよりも難しい時代である。しかし、ヨーダから鍛えられた伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーが、最終的にベイダーの心を変えたように、今回の原稿が世の若い才能を開花させ、日本酒の素晴らしさに気づいてもらえるよう、僕も日本酒界のレジスタンスとして努力する所存である。
杜氏は日本酒のジェダイ・マスター
今回のテーマは日本酒業界のジェダイ・マスター、杜氏(とうじ)についての話である。杜氏の存在を知らずして、日本酒の歴史を語ることはできない。今回のコラムが、ミレニアムファルコン、いや、ミレニアル世代にとって、後世に語り継がれる重要な文献になることを願う。
まず、お気づきの読者もいるかと思うが、僕はジェダイに憧れている。憧れて「いた」ではなく、憧れて「いる」である。昔、いつかかめはめ波が出せるようになるかも知れない、と思っていた感じと同等レベルで、いまでも、いつかライトセーバーは無理でも、遠くにあるおちょこぐらいは手元へ移動させることができるようになるかも知れないぐらいは期待している。具体的にはジェダイのどこに憧れているのかというと、大きくは次の2点である。「1.善悪の葛藤、2.究極の努力」である。どちらもキツイ話なのだが、そのキツさを乗り越えて何かを達成するその姿に痺れる、憧れる。努力、友情、勝利のスローガンで育ってきた少年ジャンプ世代のだからなのかも知れない。
そして、この2点のジェダイの特徴は、なんと奇跡的にも杜氏の特徴に完全に一致するのである。断言しよう。杜氏こそ、日本酒業界のジェダイ・マスターである。
酒造りはダークサイドとの戦い
杜氏とは、基本的に各酒蔵にただ一人いる酒造りにおける監督である。杜氏の指示のもと蔵人(くらびと)たちが酒造りに携わるのだ。杜氏の出身地によって酒造りの技法は微妙に異なり、その性格や味覚によって酒の味の方向性も変わって来る。クワイ=ガン・ジンと、オビ=ワン・ケノービでは、アナキン・スカイウォーカーの育て方が異なるのと同じである。
さて、まずは特徴1の善悪の葛藤について。ダークサイドに落ちるときは必ず理由がある。だが、どれだけ正義感があっても、いかなる理由があれど、ダークサイドはダークサイドである。アナキン・スカイウォーカーが暗黒面に落ちた時も、落ちるしかなかったという正当な理由を述べていたが、ジェダイの責任を放棄してはダメ。ダメなものはダメなのだ。嫁とのデートの約束があろうが、息子の宿題の手伝いが終わってなかろうが、一度自分が責任者となって発酵し始めた酒造りは止まらない。もろみの仕込みや管理など繊細な作業が多い日本酒造りにおいて、杜氏のスキルによって最終的な味は大きく変化してしまうのである。
杜氏は常に自分と戦っている。最優先事項はいつだって酒のクオリティ。気を緩めたら終わり。アナキンがダース・ベイダーになってしまったように、美味しいお酒に辿り着くことは永遠にできなくってしまうのだ。
ジェダイも杜氏も後継者不足
高度経済成長期、働き盛りの若者は酒蔵へと向かわず、都市へ出るようになってしまった。杜氏になるためには、卓越した技術の会得のために特徴2の究極の努力が必要なのだが、クオリティにこだわるが故の厳しい現場もまだまだ多く、杜氏の後継者は年々減少。結果として平均年齢も高くなったという経緯がある。昔、ルークはベイダーと同等に戦えるスキルを身につけるために、ヨーダから厳しい修行を当然のように受けていたが、『スター・ウォーズ』はエピソードが進めば進むほどジェダイの後継者不足に悩むこととなる。技術の伝承よりも、自分らしい生き方を求める時代となってきた宿命ともいえる。
しかし、希望はある。大学などで醸造を独自のやり方で学んだ蔵元の息子などが、酒造りの知識や技術を身につけ、自ら杜氏の役割を兼ねて活躍する例が、30〜40代に増えてきている。彼らもまた別な方法での究極の努力により、昔ながらの熟練の杜氏に匹敵する技能を持ち、新しい日本酒界をリードしているのだ。結果、日本酒は過去類をみないほど洗練され、歴史上最高の品質に至っていると言う日本酒ファンも多い。
そう、歴史は終わらない。どんな時代、どんな場所でも、きっとおいしい日本酒をつくる杜氏は現れ続けていくだろう。遠い昔から、はるか彼方の銀河系でもきっと。