おおたしんじの日本酒男子のルール Rules of Japanese sake men.
M-1グランプリも量の時代へ
先ほど、テレビの生放送で吉本興業が主催する漫才のコンクール『M-1グランプリ』(以下M-1)決勝を観終わった。新酒の登場と同じぐらい毎年楽しみにしている冬の風物詩ではあるが、今年のレベルの高さは圧巻……というか異常だった。お笑い芸人といえば、練習いらずの生まれもった天才的な才能を仕事にしている人、という印象が強かったのだが、今年、その概念が変わった。圧倒的な練習「量」がなければ、絶対にトップレベルに登れない世界であると感じるネタが多かったからだ。
その場をつかむ感性や瞬間的な判断が必要なことはもちろんなのだが、超一流のスポーツや格闘技の世界と同じく、何万回というストイックな反復練習が必要なのだろうなと感じた。しかも、ひとりだけでは成立しないため、恐らくコンビふたりで膨大な時間、膨大な量の練習を積み重ねたことが明らかにわかる、ぞっとするような恐ろしい感覚があった。昔は、その練習量を隠すのが芸人のカッコ良さだとも思われていたのだろうが、隠し切れない圧倒的な努力の量が見えてしまうこともまた、新しい時代のカッコよさなのかもしれない。
言い忘れるところだったが、今回のテーマは日本酒の「味」ではなく、多いほど嬉しい「量」の話である。
日本酒における量の単位
M-1では笑いを評価する軸が審査員ごとに異なるが、日本酒の量を測る単位は厳密に全国共通で決められている。忘年会などで「2合徳利を2本追加で!」などと聞くアレだ。よく使うのは「1合(ごう)=180ml」、そして「1升(しょう)=1800ml」である。実は、日本酒ユーザーが一般的に覚えるのは、このふたつだけでよいのだ。実に簡単である。スタバでいえば「Tall(トール)」と「Grande(グランデ)」さえ覚えればなんとかなるのと一緒である。
とはいえ、好奇心旺盛なPen読者のため、他の単位も説明しておくと、さらに少ない量は「1勺(しゃく)=18mℓ」と表現し、逆にもっと多い単位は「1斗(と)=18ℓ」「1石(こく)=180ℓ」である。石数にいたっては酒蔵ごとのお酒の生産量を表し、蔵の規模感をイメージする時に便利である。
この「尺貫法(しゃっかんほう)」は日本独自の単位であり、しかも日本酒業界を含む、ごく一部の産業でしか使われていない。しかし、世界的にメジャーな「ℓ(リットル)」や「g(グラム)」ほど重要とまではさすがに言わないが、日本酒の世界においては「Venti(ベンティ※日本のスタバでは最大のサイズ)」よりは重要な単位だと言わざるをえない。
松っちゃんレベルの眼力
さて、読者のみなさんにはショックを与えてしまうかもしれないが、ここで事実を話そう。日本酒の量は厳密にルール化されている……にもかかわらず、居酒屋によって1合の量は異なる。これが現実である。
え!それいいの?という反応がまずありそうなものだが、僕は、そのお店を選んだ自己責任だなと、納得することにしている。頭のスイッチを切り替えて「量以外のことに集中して飲む」。それでよいと思っている。量を補うだけのよさがその店にあればまた来るだろう。それが無ければもう来なければよい。そう、お店を選ぶ権利は常に客にあるのだ。「あれ?少なくない?」などと騒ぎ立てるのは、小学校時代の給食の量までにしておこう。
現在、1合とお願いした時に、徳利ではなくデザイン性の高い片口で出してくれるお店も多く、その量は目で見て判断するしかない。加えて、徳利だからといって安心してはいけない。厚みや高さなど、匠の技術により完成した徳利は微妙に180mℓ以下になるように計算されている場合も多いのだ。もちろん、逆に多いという場合もある。きちんと1合、2合の量を見極める眼力が必要なのである。M-1の世界でも審査員の眼力も話題になっているが、日本酒の世界でも松っちゃんレベルの眼力が必要とされているのだ。
こぼれるほどの涙と升酒
M-1決勝のテレビ生放送の後、インターネットで参加メンバーによる深夜の打ち上げ番組が生中継されていた。そこには各コンビの素の気持ちが、枡に入ったグラスに注がれた日本酒のようにあふれていた。特に印象的だったのはお笑いコンビ「ジャルジャル」の福徳秀介の涙である。
冒頭で伝えたように、お笑いの世界も天才的な才能だけではなく、練習の量が重要になってきたと感じている中、決勝のネタを観て、圧倒的に努力してきたのだろうなと感動したのがジャルジャルである。本文が松っちゃんびいきの文章にも見えるのは、彼らに最も高い点数をつけた審査員だったからという理由もある。そんなジャルジャルは今回、決勝で6位という順位に留まってしまった。しかし、優勝したとろサーモンにしても、最終決戦に残った和牛やミキにしても、一朝一夕でできる技術ではないと一瞬でわかる、圧巻のクオリティだった。和牛が、決勝に進むまでのトーナメントのすべてのネタが、異なるネタだったと聞いた時も、牛肌、いや、鳥肌が立った。
最近の若手は人気ばかりで……と愚痴り気味のベテランお笑い芸人の方々は、ぜひいまの現場を正面から見てほしい。3分という一瞬の決勝の舞台に立つために、きっちり365日分の練習量をささげる彼ら。そりゃ、おのずとファンの量だって増えていくに決まっている。そんなことを考えながら、今日はとろサーモンと和牛を食べつつ、きっちり1合分の日本酒を味わうことにしよう。