全編ワンカットで西部戦線を描いた『1917 命をかけた伝令』に登場する、"元祖"トレンチコート
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一第一次世界大戦でイギリス軍が塹壕(トレンチ)戦用に採用したトレンチコート。優れた防水性と耐久性に加えて、機能の塊のようなアイコニックなディテールを備えている。今回はトレンチコートが登場するさまざまな名画を題材に、不朽の名品の現在を考える。
日本では2020年2月に公開された『1917 命をかけた伝令』(以下『1917』)は、「007」シリーズで知られるサム・メンデスが第一次世界大戦の西部戦線を描いた戦争ドラマ。最前線に伝令を届けることを命じられた若き歩兵2人の4月6日から7日までの1日を、 “全編ワンカット”で描いたことで話題となった。その臨場感と戦争場面の迫力は、スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(98年)やクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』(17年)に勝るとも劣らない。
タイトルになっている数字はもちろん年号である。1917年と言えば、第一次世界大戦が始まって4年目。映画にも登場するが、第一次世界大戦では未曾有の塹壕戦が繰り広げられた。この戦いのために開発されたのがトレンチコートだ。だからトレンチ=塹壕という言葉が使われているのである。しかし主人公2人は歩兵なので、ウールの制服の上に革製のジャーキン(裾がやや長めで、袖のない胴着)を着ている。ストーリーが進むと、『ゼロ・ダーク・サーティ』『キングスマン』シリーズで知られるマーク・ストロング演じるスミス大尉が、トレンチコートらしいものを着用しているのがわかる。映画を再度観てみたら、伝令を伝えるために塹壕に向かう途中、周りの数人もそれらしいコートを手にしたり、干したりしていることもわかった。
実は本来、トレンチコートは将校用にデザインされたモデルと見るべきだろう。『スーツ=軍服』(辻元よしふみ著)には「トレンチは制式品のウールのコートとは別に、オプションで買うべきもので、そもそも将校は昔からどこの国でも制服は支給品でなくて自分で買い揃えるもの」と書かれている。また『WORK WEAR 5』(ワールド・フォトプレス社)には、1915年にイギリスの服飾専門誌『ウエストエンド・ガゼット』誌に掲載された初期のトレンチコートのイラストが掲載されている。エポレット(肩章)は付いているが、のちに手榴弾を下げた「Dリング」はベルトにまだ付いておらず、ポケットのデザインもパッチ&フラップタイプ。現在のトレンチコートに比べるとずいぶんシンプルな仕様だが、そのイラストに描かれたコートは映画『1917』でスミス大尉が着用していたものにとても似ている。トレンチコートが誕生した頃、このコートが誰に着用され、どのようなデザインだったかを知るには、この映画が参考になるだろう。
今回紹介するのは、1894年にイギリスで創業されたアウターの老舗バブアーのコートだ。モデル名は「ディスパッチ・ライダース・カジュアル」。1940年代にイギリス軍で司令部間の司令伝達や物資の運搬などを行なっていた兵士が着用していたライダースコートをヒントにデザインされたものだ。トレンチコートではないが、生み出されたストーリーやその佇まいが『1917』に登場したコートと重なって見える。
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