『ニュー・シネマ・パラダイス』のラストシーン近くで、トトが着ていたトレンチコート
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一第一次世界大戦でイギリス軍が塹壕(トレンチ)戦用に採用したトレンチコート。優れた防水性と耐久性に加えて、機能の塊のようなアイコニックなディテールを備えている。今回はトレンチコートが登場するさまざまな名画を題材に、不朽の名品の現在を考える。
『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)は、まだテレビもビデオもなく、誰もが映画を観るためには映画館を訪れるしかなかった懐かしい時代を描いた名作中の名作。監督はジョゼッペ・トルナトーレ、音楽を担当したのはエンリオ・モリコーネで、昨年モリコーネが逝去した際にはこの映画のテーマ曲が多くのメディアで流された。
舞台は1950年代のイタリア・シチリア島の小さな村。パラダイス座という映画館の映像技師・アルフレード(フィリップ・ノワレ)と、“トト”と呼ばれた映画好きな少年サルヴァトーレの交流を中心に描く。このサルヴァトーレ・ディ・ヴィータを3名の役者が演じた。少年期の“トト”はサルヴァトーレ・カシオ、青年期をマルコ・レオナルディ、そして成長して映画監督になった壮年期の“トト”をジャック・ペランが担当している。
このペラン演じる“トト”が母親から「アルフレードが死んだ」という電話をもらい、葬儀に出席するために30年ぶりに故郷に戻ってくる時に着ていたのが、薄いカーキ色のトレンチコートだ。
実はこの作品にはいくつかのバージョンが存在する。バージョンの名前も何通りかあるが、123分の劇場公開版と173分の完全オリジナル版に加え、イタリアで上映された155分のオリジナル版があり、オリジナル版以外はDVD化されている。実はペランのトレンチコート姿がたくさん映るのは完全オリジナル版。エンディング近く、すでに廃墟となった映画館が解体されるシーンでもペランはトレンチコートを着ているが、完全オリジナル版では埃だらけの映画館で恋人エレナからの30年前のメモ紙を見つける。その場面でのトレンチコートが印象的だ。ボタンも留めずに、ベルトも無造作に垂らしながら大切なメモを拾い上げる。長く村を離れて歩んだ“トト”の人生を、象徴しているように見えるのだ。誰もが郷愁を感じるこの作品で、トレンチコートは重要な役割を演じている気がする。
2015年に創立されたアウター専門のブランド、コヒーレンスのトレンチコートは映画のような物語性を感じさせる一着。「ALⅡ」と呼ばれるこのコートのモチーフになっているのは、フランスの哲学者でジャーナリストでもあったアルベール・カミュ。彼が1950年代に着用していた、エポレット(肩章)のないトレンチコートをベースにしてデザインされたモデルだ。素材はクリエイティブディレクターである中込憲太郎が自ら開発に関わったもので、糸の段階で撥水加工を施したオリジナルファブリック。折りたたみ傘同等の撥水機能を備え、通気性も備えているというまさに本格派。『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じく、一生ものにしたいと思えるような逸品に仕上がっている。
問い合わせ先/コヒーレンス
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