スティーブ・マックイーンが、『マンハッタン物語』で着こなしたトレンチコート
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一第一次世界大戦でイギリス軍が塹壕(トレンチ)戦用に採用したトレンチコート。優れた防水性と耐久性に加えて、機能の塊のようなアイコニックなディテールを備えている。今回はトレンチコートが登場するさまざまな名画を題材に、不朽の名品の現在を考える。
『マンハッタン物語』(1963年)は、名優スティーブ・マックイーンには珍しい完全なラブストーリー。『アラバマ物語』や『サンセット物語』などの名作を産んだ監督ロバート・マリガンと、製作アラン・J・パクラの名コンビの作品だ。
浮世離れしたミュージシャンのロッキーをマックイーンが、ニューヨーク随一の百貨店メイシーズで働くアンジーをナタリー・ウッドが演じる。ニューヨークの下町に育った2人がいわゆる“出来ちゃった婚”をする恋物語だが、日本で公開されたのは昭和38年(1964年)。ストーリーが未婚女性の妊娠という当時の日本にしてはセンシティブなテーマであったせいか、大きな話題になることはなかったと聞く。
この隠れた名作で、マックイーンが披露しているトレンチコートが素敵だ。モノクロ映画なので正確な色はわからないが、ネイビーらしいトレンチコートを、ベルトを結ばずボタンだけ襟元まで留めて着こなし、都会で生きるミュージシャンの切なさ、孤独を表現している。中に着るのがセンターフックベントのジャケットにボタンダウンシャツと、完全にアイビースタイル。サイズはジャストで、丈も膝にちょうどかかるくらい。その絶妙なフィッティングはマックイーンがファッションアイコンたる所以で、いまでもまったく古びて見えない。
コートを着るマックイーンというと、刑事役を演じた『ブリッド』(68年)のバルマカーンコート(日本流に言えばステンカラーコート)が有名だが、この映画でもマックイーンはバルマカーンコートとトレンチコートの両方を着こなしている。加えて、アカデミー賞衣装デザイン賞を何度も獲得したイーディス・ヘッドが担当したナタリー・ウッドのコート姿も洒落ている。60年代のアメリカのファッションを知る上でも、貴重な映画ではないだろうか。
この映画で登場したトレンチコートをイメージさせるのが、イタリアのヴァルスターの製品だ。ヴァルスターの創業は1911年。イギリス・マンチェスターのアパレルメーカーが、イタリアのミラノにアウター用のファクトリーを設立したのがヴァルスターの始まりだ。現在はブランド名を冠した「ヴァルスタリーノ」というショートブルゾンが日本でも人気だが、このトレンチコートも創業時からの伝統が香るアイテム。
これはビームス Fが別注したトレンチコートで、高密度のコットンギャバジンを使い、ライニング(裏地)を取り外し式にして3シーズン着用できるモデル。ストレートに近い「Iライン」のシルエットが、マックイーンがこの映画で着用したコートを連想させるではないか。
問い合わせ先/ビームス F TEL:03-3470-3946