『時計じかけのオレンジ』で不良たちが被っていた、”紳士的”なボーラーハット
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一人気ファッションブランドの「アンダーカバー」が、2019-20秋冬コレクションのテーマにしたことでも話題になった映画が『時計じかけのオレンジ』だ。鬼才スタンリー・キューブリック監督が1971年に製作した作品で、舞台は近未来の英国。原作は、62年に発表されたアンソニー・バージェスの同名小説だ。
ジェントルマン的な山高帽を被り、生成りの上下に身を包んだ主人公・アレックス(マルコム・マクドウェル)が、「ドルーグ」と呼ばれる不良たちと夜な夜な暴力や盗みを繰り広げる、いわば寓話的な作品。暴力を繰り返したアレックスは仲間から裏切られ、逮捕されてしまう。賢いアレックスは刑務所から逃れるために「ルドヴィコ療法」と呼ばれる実験を受け、暴力を嫌う模範市民となり出所する。しかし社会に出たアレックスを待ち受けていたのは……。
今回は20世紀を代表する衝撃的な名画を題材に、その象徴ともいえるドルーグたちの着こなしから、大人の名品のなんたるかを探る。
映画『時計じかけのオレンジ』では、主人公・アレックス率いるギャング団「ドルーグ」が、退廃的なバーでドラッグ入りのミルクを飲むシーンが出てくる。そこでドルーグたちは、まるで制服のようにみんな黒い帽子を被っている。よく見るとそれぞれの帽子のデザインは微妙に違っているが、ポスターにも描かれ、この映画の象徴的な役割を担っているのが、アレックスが被っていたボーラーハット(山高帽)だ。
黒の帽子と生成り一色のスタイルとのコントラストが強烈な印象を残すが、そもそもアレックスが被るボーラーハットは、この映画が生まれたイギリスにおいて紳士必携であった帽子だ。その名帽をアウトローの不良たちが被るという皮肉が、この映画の世界観を物語っている。アレックスはボーラーハットと一緒にステッキを携え、ときにはそれを武器としても使う。ステッキも英国スタイルに欠かせないもので、映画の重要な脇役になっている。
今回紹介するボーラーハットは、1773年にスコットランドのエディンバラで創業したクリスティーズの製品。ブランドを立ち上げたのは、ミラー・クリスティとジョセフ・ストーンのふたり。その歴史は八世代にもわたって受け継がれ、九家の英国王族に帽子を提供している。同社はクラシックなモデルから流行の先端の帽子まで幅広く手がけているが、ロンドン警視庁の制帽の製作も請け負っていたという歴史もある。
ボーラーハットはクラウンとブリム(つば)が硬く仕上げられており、一般的なソフト帽とは被り心地がまったく違う。プリムの端が丸まっているのも特徴だ。スーツから着物にまで対応できる帽子だが、アレックスのように、未来的なパンクスタイルにも十分マッチする。ある意味、それが英国生まれの名品の懐の深さでもある。
銀座トラヤ帽子店 TEL:03-3535-5201