「手しごと展」の紹介のために来日した、エルメス創業家のギョーム・ドゥ・セーヌさんに、エルメスが手しごとを大切にする理由を聞きました。エルメスの職人と技術について、誇りと愛情を込めて真摯に語る姿に、職人の精神が息づいたエルメスの実直なものづくりを感じます。
エルメス家の第6世代で、エミール・エルメスの曾孫である、エルメス・インターナショナル エグゼクティヴ・ヴァイス・プレジデントのギョーム・ドゥ・セーヌさん。 photo:Maria Ziegelböck
—今回「エルメスの手しごと」展を企画した背景を教えてください。
セーヌ氏 このイベントはエルメスのクラフツマンシップを紹介するイベントとして2011年に企画されました。以来、世界各都市で開催されています。その年のエルメスの年間テーマは「現代(いま)に生きるアルチザン」でしたが、過去にしがみつくのではなく、現在の職人たちがアトリエを出て、日々の仕事をお見せすることに意味があると思っています。今回、会場のデザインや演出は新しくなりましたが、中身は同じです。変わらない技術に価値があるのですから。
—エルメスが誇る優れた職人技を教えてください。
セーヌ氏 たくさんありますが、エルメスの出発点は馬具づくりから始まりました。その鞍づくりの技術を応用して、手縫いで丈夫な鞄をつくり始めたのです。1920年代に私の曾祖父エミール・エルメスは曾祖母のために、ジッパーを初めてバッグに採用した「ボリード」をつくりました。当時は丸いラインのバッグなんてなく、革新的だったのです。今も銀座メゾンエルメスのショーウィンドウに飾られていますが、現代的でしょう。
また、今回シルクスカーフ「カレ」の仕事の一つ製版職人が来日します。一色ずつ色を重ねていくシルクスクリーン技法では色の数と同じ数の“版”が必要となり、デザインを色ごとに分解して“版”をつくるのが製版職人です。たいへん時間のかかる仕事です。
エルメスの皮革製品は今も全て国内生産。バッグはひとりの職人が最後まで仕上げる。photo: Alfredo Piola
「カレ」の縁を指でくるりと巻き、手縫いで縁かがりをする。photo: Alex Profit
デザインを色ごとに分解して“版”をつくる、シルクスカーフ「カレ」の製版作業。
Photo: Kai Jünemann
—日本では職人の高齢化や後継者不足が課題となっていますが、エルメスではどのように職人技術を継承しているのでしょうか。
セーヌ氏 エルメスの皮革製品はいまもすべてフランス国内生産です。15工房に約3000人の職人を有しています。優れた職人の採用と育成はメゾンの大きなテーマであり、年に約200人を採用し、18ヶ月のトレーニング期間を設けています。といっても、18ヶ月で学べるのはせいぜい2〜3型のバッグで、職人たちは生涯を通じて技を磨いていきます。
職人の採用試験は手の器用さをテストする実技試験のみで、年齢も性別も国籍も全く関係ありません。日本人の職人もいます。若い人はもちろん、40代、50代であっても、手先のインテリジェンスがあれば、チャンスはあるわけです。私は残念ながら、一度もパスしませんでしたが(笑)。
また、フランスのメゾンが協力して、伝統的な手しごとの魅力を若い人に伝え興味をもってもらう活動もしています。特に20代の若い職人が若い人向けにデモンストレーションを行うと、若者たちの反応も良いのです。
—いまもなお、エルメスが手しごとを大切にする理由を教えてください。
セーヌ氏 私の祖父であり、ケリーバッグをデザインした四代目社長、ロベール・デュマは「エルメスの製品は値段が高いわけではない。それだけの費用(コスト)がかかっているのだ」と語っていました。最高の素材と高度な職人技術を用い、時間をじっくりかけたものづくりこそがエルメスのクオリティであり、長く使える製品となるのです。その価値は、時間が証明してくれることだと思います。品質にこだわり続ける家族経営の企業だからできることでもありますね。
最高の素材と熟練の職人技に長い時間が融合した、エルメスのものづくり。普段見ることができないヴェールの奥に隠された秘密を、この貴重な機会にぜひ、のぞいてみませんか。