ネットと中古品の親和性から若林 恵がひも解く、ファッション市場の新たなシステム
インターネットは中古品と相性がいい。1対多数のビジネスであるマス生産・マス消費プロダクトは、トップダウン・中央集権的な流通機構を用いたほうがはるかに効率がいい。一方のインターネットは、1対1=P2Pのビジネスを得意とするものだ。そこでは、たとえ同じ商品であっても来歴も価格も1点1点異なる中古品のほうがその技術的ポテンシャルに適っている。同じ古本でも初版に5000円を求める人もいれば、汚れていてもいいから100円のほうを買う人もいる。中古市場は、一つひとつの物体を、それ自体ユニークな個別のアイテムへと転換する。アマゾンが古本のマーケットから始まったことは、いまにして思えば象徴的だ。中古マーケットプレイスが、やがて新品市場を凌駕する勢力になるだろうことは、注意深い人であればいち早く察知することができたのかもしれない。アマゾン創業から四半世紀を超えたいま、ファッションマーケットはその姿を大きく変えつつある。
コロナ禍の自主ロックダウンのさなか、米国のビジネスメディア『ファスト・カンパニー』は、ひとりの少女デザイナーであるベラ・マクファデンのブランド「iガール」が中古ファッションマーケットアプリ「ディポップ」において100万ポンドの売り上げを突破したと報じていた。ベラは訓練を受けたデザイナーでもなんでもない。ファッション好きのインスタグラマーであった彼女は、質屋や救世軍などから調達してきた古着を自分なりに手直しし、販売することからビジネスを始めた。インスタグラム上に60万人、ユーチューブに10万人のフォロワーを抱える彼女の服は、瞬く間にZ世代のハートをつかんだ。チープでポップで、なによりも安い。彼女はディポップ上で、既に4万点以上のアイテムを売りさばいている。
彼女のような“デザイナー”の存在は、ファッションデザイナーという職業のあり方そのものを変えるだろう、と『ファスト・カンパニー』は報じている。彼女のブランドのプロダクトは、服のみならずバッグやアクセサリーにまでおよぶが、それらのアイテムはすべて「ベラのテイストと、ボディスタイルに合わせてつくられている」と記事は書く。なにげない一節だが、この一文はきわめて重要だ。というのも、これまでのファッションデザイナーは、自分の体型に合わせて服をつくる、という前提をもっていなかったからだ。ベラのブランドは、彼女の「当事者性」を基軸にまわっている。彼女の服を買う人と、服をつくる彼女とは、入れ替え可能な「当事者同士」であり、そうであればこそ共感を通じて商品がやり取りされることになる。
Z世代の動向を特集したビジネスメディア『クオーツ』のある記事には「Z世代が、自分たちでものをつくり自分たちで買う最初の世代になる」と書かれている。世代、テイスト、体型、人種、倫理観、性指向などによって分類されたそれぞれの「当事者性」。その中でモノが生産され消費されていくサイクルは、市場を俯瞰から見渡して非当事者の立場からターゲットするクラスターに向けて文字通り上からプロダクトを“投下”する、従来の製品開発とはまったく異なるエトスとプロセスによって構成される。それはとりわけファストファッションに代表される、マーケティングドリブンなビジネスへの強烈なアンチテーゼともなっている。
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