東京では得られないアイデアをもらえる、大自然でのワークスタイル
東京で起業家の育成に伴走するイノベーション拠点、Impact HUB Tokyo(インパクトハブ)東京の共同経営者であるポチエ真悟・槌屋詩野夫妻。コロナ禍で自宅待機を余儀なくされた仲間の声を聞くにつけ、ワークスペースの必要性が高まっていると感じている。
「会社に通勤はしたくないけれど、自転車で行ける距離にあるワークスペースで、同じ価値観を共有できるコミュニケーションを多くの人が求めています」と詩野さんは言う。家でできる仕事はひとりで行うが、予期せぬ偶然のひらめきや助け合いは対面で話さなければ生まれないという。「不特定多数に向けたSNSでは語れない本音は、信頼できる仲間同志でないと出てこないんです」
ロンドンをベースに仕事をしていたふたりは2013年、東京にイノベーション拠点を立ち上げた。休みなく走りっぱなしだった生活を一度リセットすべく、15年に軽井沢へ移住。よりダイナミックな自然環境を求めて2年前長野県の飯綱高原へ生活の場を移し、カナディアンログハウスを建てた。ここをベースにテレワークを行い、週1、2回、東京や浜松の拠点に出向いて起業家たちと対話を重ねている。
「毎日1時間くらい森へ散歩に出かけますが、東京で机に向かっていては得られない気づきやアイデアを自然からもらえるんです」と真悟さん。ふたりの仕事は人と人をつなぐ場づくりをし、起業家に伴走するイノベーション拠点の事業プロデュースだ。近年は地方のポテンシャルの高さを感じ、地域のコミュニティづくりと人材育成に奔走している。真悟さんは、都市のシステムづくりは自然の土づくりと同じだという。
「毎日同じ道を散歩していると、一見無駄にみえる雑草にも意味があることがわかる。都市のイノベーションにも多様な生態系が必要だと気づいたのです」。過酷な冬を過ごすため、毎年10トンもの薪木を蓄え、燃料を確保する。豪雪や台風で道が塞がれれば、近所の人々が総出で駆けつける。「薪や食料調達に失敗すると生死に関わるので、日頃から危機管理の感覚が研ぎ澄まされます。突発的な自然の変化も日常茶飯事で、臨機応変に優先順位を変えて突き進む経営力が鍛えられます」
住み続ければ200年はもつというログハウスは、自分たちがいなくなってもコミュニティスペースとして価値を同じくする人に受け継がれればいいと思っている。「社会の仕組みをつくる人間は渦中にいると見えにくくなることがある。だから東京の暮らしを俯瞰するためにも拠点は複数あったほうがいい。これからはますます働く空間が家になる時代。僕たちが体験しているたくさんのイノベーションを、みんなにフィードバックできれば」
巨額な投資やお金をかけた技術を取り入れることがイノベーションではない、と真悟さん。便利さを手放すことで、見える未来もある。ワーク・フロム・ホームからワーク・フロム・ネイチャーへ。会社という箱から飛び出した蝶が自然のなかで花から花へ受粉を促すように、人と人がつながることで新たな働き方が生まれる。そのための土づくりをすべく、ふたりはこの場所からたくさんの恩恵を受けている。