秩序と無秩序のはざまで爆発的な発展を遂げた「昭和の建築」を、本で愉しむ。
荒廃からの復興、才人たちの創造力、自由がもたらした無秩序などさまざまな要素が混じり合い、世界的にもユニークな発展を遂げた昭和時代の建築。ロマンと魅力あふれるこのテーマとじっくり向き合える書籍を、建築史家の倉方俊輔さんがセレクトした。
いま私たちを惹きつける「昭和」とは、いったい何だろうか? 時が経つと、物事はよく見えてくる。目の前に残っているものも、記憶の中にあるものも、角が取れて、味が出てきて、ノスタルジックな魅力を帯びる。「昭和」に目を向けたくなる気分に、そんな「レトロ」な効果が働いていることは確かだろう。
でも、それだけでなさそうだ。こんなことやっちゃっているのか!という刺激が、そこに無いだろうか。個人の発想の豊かさと、それを世に送り出せた社会の太っ腹ぶりを感じずにいられない。背景にあるのは、海外と未来への憧れである。いまここにはないものへの好奇心の強さが、真似や常軌を超えたものを呼び寄せてしまう。こうした創作物が、時間が経過したことでほどよく丸くなり、でもその新鮮さに一層、はっとさせられる。それが「昭和」の魅力ではないか。音楽にしても、テレビ番組にしても、デザインにしても。
建築も、そのひとつだ。設計者の着想、実現させた施主、後押しした時代。具体的な建築の数々とともに、そんな空気感に迫れる書籍を3冊、選んでみた。どれも建築を通じて「昭和」にタイムトリップする、優れたガイドになるだろう。
大地震が起点となった、東京の街づくり:『復興建築 モダン東京をたどる建物と暮らし』
昭和の建築は「復興」から始まった。1923年(大正12年)に発生した関東大震災こそ「現在の東京につながる大きな変革点のひとつ」と、監修者の栢木まどかは述べる。「復興」とは、復旧(旧きに復す)のではなく、復して興す。約10万5000人の死者・行方不明者(そのうち9割が火災による)などの甚大な被害を受けて、未来志向の都市や建築が計画され、元号が昭和に変わる頃から姿を見せ始める。本書には写真やイラストが数多く収められ、復興建築に関する最新の研究成果が平易にわかる。現在の東京下町を中心とした街路は、世界で類を見ない区画整理の一大事業によって完成した。同潤会アパートメント、復興小学校、復興五大病院や公共食堂といった新たな公共プロジェクトが、戦後に続く性格を備えて実現した。デザインも百花繚乱。アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトは世界的に有名だが、その作風が「ライト式」として他人にも模倣され、社会に流行したのは日本だけ。看板建築やアールデコの多彩なデザインが焼け跡に花開いた。海外と未来への強い憧れがオリジナリティに結び付いた、まさに「昭和」の始まりである。