【Pen最新号をチラ見せ|宇梶剛士×貝澤徹】伝統の技を磨き、新しい工芸の美を彫り出す。
アイヌの男女が携帯するマキリという小刀や、イタというお盆など、伝統的木彫工芸において、革新的な文様や技巧を追求している貝澤徹さん。アトリエを訪れた宇梶さんがまず手に取ったのは、繊細さと力強さとを併せもつ意匠に驚かされるマキリ。ひとしきりその美しさに見惚れ、思わず感嘆の言葉が口をついた。
「やはり素晴らしいですね。アイヌの繊細でありながら力強い美しさが、この中に凝縮されています」
宇梶さんは何度か二風谷を訪れていたが、徹さんの仕事を間近で見るのは今回が初めてだ。徹さんは高い技術を、どのように習得したのだろうか。強い関心を寄せる宇梶さんに、徹さんが語り出した。
「私がアイヌ文様の作品を手がけるようになったのは、30歳を過ぎてからなんです。それまでは、コロポックルなどの土産物がおもな仕事でした」
1980年代後半、二風谷を訪れる観光客が増加する中、日々、土産物の制作に追われていたという。
「当時に培った土産物をたくさんつくる技術は、のちに木彫の立体作品を手がける際に非常に役立ちました。土産物の場合、自由につくることも可能で、そうした機会も幸いしました」
代表的な作品のひとつ『樹じゅ布ふ』は、木彫であるにもかかわらず、布のようなやわらかな表情を湛えたイタだ。2001年、アイヌ文様が北海道遺産に選定された時、徹さんは北海道庁での実演に参加。しかし、他の職人もイタを製作していたので、なにか面白い作品を発表したいという気持ちになった。
「イタを2枚つくりましたが、その1枚が『樹布』です。すると女性ふたりが近づいてきて『個性的で素晴らしいわね』と言ってくれました。いまでも忘れませんが、それで自分の方向性は間違っていないと確信できましたね」
『樹布』はさらに進化を遂げ、四隅の1カ所に布がめくれる表現を施した。女性が手がけるアットゥㇱの刺繍やタペストリーといった作品は華やかだが、男性が制作する木彫は地味だ。であればタペストリーの先をいく表現で、イタをアートにしようと考えたという。
「めくるという表現は、物事のふたつの面を意味します。たとえば男の手仕事と女の手仕事。また、表裏はアイヌの世界で重要なモチーフであり、生死の表現でもあります」
徹さんにインスピレーションを与えるモチーフには、昆虫や動物もある。自宅の周りなど、徹さんの身近にあるなにげない自然が発想の源だ。
幼い頃から日常にアイヌの文化があった宇梶さん。北海道を訪れるごとに、その精神性をより深く理解するようになったという。
「アイヌと自然は切っても切れないもの。イタやマキリなどの伝統的な工芸品以外の作品からも、どことなくアイヌらしさを感じるのは当たり前のことかもしれませんね」
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