ゆくい堂のアトリエでは、木工職人が空間のサイズにもテイストにもマッチする家具を手がける。
オーナーの丸野さんがおもに担当するのは溶接技術を駆使した鉄工。
奄美の徳之島出身の丸野さんは、高校を卒業してから紆余曲折を経て20歳で東京にやってきて、手っ取り早く現金を稼げる肉体労働として、建築現場のアルバイトをするうちに解体にも携わるようになった。出てくるのはまだまだ使えそうな床材や壁材、古家具などの廃棄物の数々。ものづくりが好きだった丸野さんは純粋にもったいないと感じ、経年で味の出た建材で何かをつくりたいという想いにも駆られた。そして1999年に創業したのが「ゆくい堂」。建物のリノベーションを専門とする工務店だ。東京に出てきて住み始めた墨田区を拠点に立ち上げ、より広く仕事をしやすい環境としてたまたま見つけた町工場の住所が東上野だった。
リノベーションする古い家で見つけたボロボロの机も、すべてバラして傷んでいる箇所を補修。椅子も弱った箇所を溶接し、革を張り直した。
「ギターのアンプが空間の雰囲気に合わなかったので、古い箱で作り直したんです。結構いい音鳴るんですよ。ここで使ってもいいですし、欲しい方がいらっしゃったら適当な値段でお譲りします」。
工務店で請ける仕事には、解体、大工、左官、電気、水道、塗装、ガラスなどの職人からクリーニング業者まで、12〜15業種ほどの職人が携わる。創業時から仕事をする大工の一人は台東区が拠点で、それ以外にも台東区、墨田区の職人が多い。アトリエを構えた場所が東上野だったのは、必然ともいえるだろう。
「アトリエに使える工場を見つけて、狭い道を挟んで向かい側にも廃工場があったのは本当に奇跡的でした。それがたまたま東上野でしたが、こういう物件との出会いはそうありません。ここは下谷神社の祭りに熱心なエリアなので、神輿をかつぐ人たちにお声がけしてバーベキューをやって仲良くなったり、いい具合に地元ともつながれていますし、ライブやクラフターズマーケットにきたお客さん同士が仲良くなって仕事をするようになったり、ある種のコミュニティが生まれつつあるような手応えは感じています」
ROUTE BOOKSやゆくい堂のアトリエでは、不定期にライブが開催される。憂歌団の木村充輝のライブ(写真)では100人超の「普通だったら東上野の工場なんかには無縁の人たち」が集まったことに丸野さんは手応えを感じた。
クラフターズマーケットでも数々のワークショップが開催されるが、日常的にROUTE BOOKS2階では陶芸のワークショップが開催されるなど、普段からカフェ営業に留まらずプログラムは多岐にわたる。
本業である工務店の仕事のイメージが伝わるように「ROUTE BOOK」の名でカフェを立ち上げ、廃材を生かしたこのテイストに惹かれる人たちが集まってきた。空き家となっていた同じビルの上のフロアには貸しアトリエを設置し、やはり趣旨に共感するクリエイターが集まってきた。SNSで無理矢理つながりを生むのではなく、遊びに来たくなるような場所づくりをしたことで、自然とコミュニティが発生した。そこで開催されるクラフターズマーケットには、ある種ハードコアな職人気質のクリエイターから、子どもたちに向けて手づくりの楽しさを伝える向きまで、「手づくり」をキーワードに出展者が集結する。街の景色が変わりつつあるその息吹をこのマーケットで直に感じ取ってほしい。