いつもそばには惚れた女──色気と暴力と裏社会とともに昭和を生きた、あるヤクザの「破天荒すぎる一生」
作家・石原慎太郎氏による書き下ろしのノンフィクション・ノベル『あるヤクザの生涯 安藤昇伝』は、激動の戦後、裏社会で破天荒に生き、ヤクザ史に名を残した安藤昇(のぼる)の一生を活写。いま話題の一冊だ。
「映画は所詮作り事で命を張っての緊張がある訳でもなし、誰かが言っていたが男子一生の仕事と思えもしなかった。」(P132)
自身の組を解散した後、俳優としてヤクザ映画に出た際の安藤昇の気持ちがそのように記されている。読み進めてきた読者は、その言葉に妙に納得するだろう。前項までに語られる、「まるで映画の世界だ」と思わされる安藤の生き様は、安藤にとっては紛れもないリアルであり、日常だったからだ。
「天はその後の俺の生き様を見越して、この俺を世に送り出していいのか躊躇したのかもしれない」(P6)
生まれてすぐには産声を上げなかった自らについて安藤はこう言った。安藤は子どもの頃から気性が荒かった。喧嘩沙汰で送られた少年院から抜け出す方法として予科練(海軍飛行予科練習生)に志願。予科練でも上等兵への暴力で問題を起こしたが、威勢を買われて特攻隊に志願させられた。終戦後、法政大学に入学したものの喧嘩に明け暮れて退学となり、仲間と共に不良グループを作り、闇商売で金儲けをした。若き日より常に「暴力」と隣り合わせの日々だった。
トレードマークとなった左頬の傷は、その頃に街で「挨拶をしなかった」と絡んできたチンピラにナイフで切られたものだった。安藤は悲惨な自分の顔を鏡で見て「これでもう二度と、かたぎの世界には戻れはしない」(P54)と思ったという。その後、のちに安藤組となる組織を設立している。
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