嫌な男と女が見せてくれる愛の物語、『彼女がその名を知らない鳥たち』

嫌な男と女が見せてくれる愛の物語、『彼女がその名を知らない鳥たち』

文:細谷美香

白石監督のもとで蒼井優、阿部サダヲらキャスト陣が新しい表情を見せています。
©2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

『ユリゴコロ』も映画化され、作家・沼田まほかるに改めて注目が集まっています。とても共感できないような人物が登場し、凄惨な事件をめぐる描写が続いたりもするのに、ページをめくる手が止められないという、まさに“イヤミス”ならではの読み応えを感じさせてくれるミステリー作家のひとり。読み進めていくうちに、登場人物に嫌悪感を抱きながら見捨てる気持ちになれないのは、彼、彼女の要素が自分の中にもあるからだと思わせられる、恐ろしい作家でもあります。

『彼女がその名を知らない鳥たち』に登場するのも、嫌な人物ばかり。年の離れた男の稼ぎに頼り、文句やクレームばかり言いながら自堕落な生活を送っている十和子。彼女にどんなに疎まれても、なにくれとなく世話をする不潔な中年男、陣治。ほこりと垢にまみれた、けれども妙な居心地のよさを感じさせるふたりの暮らしは、十和子が軽薄な既婚者、水島と不倫をはじめたことで不穏な方向へ変化していくのです。ストーカーのように十和子を監視するようになった陣治。そして時を同じくして知らされる、かつて十和子を手ひどく捨てた男、黒崎の失踪事件。十和子は黒崎の失踪に陣治が関わっているのではないか、水島にも危険がおよぶのではないかと、疑いの色を濃くしていきます。

誰かに依存することでしか、自分という人間の輪郭を確かめられない女の哀しさを、ベッドの上でも体現する蒼井優。不快な匂いが漂ってきそうな身なりとデリカシーのない行動で、十和子への執着を隠そうともしない陣治を演じた阿部サダヲ。そして種類は違えど下衆な男たちを、どこか嬉々として演じている松坂桃李と竹野内豊。人間が本質的にもつ陰の部分を探っていくことを恐れない役者たちのアンサンブルが、この映画に奥行きをもたらしていることは間違いありません。

監督は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』などを手がけてきた白石和彌監督だけに、バイオレンスな描写は心臓をしめつけるかのような臨場感にあふれ、書き割りのごとくパタンと背景が倒れると過去の男が登場するシーンなどでは、映像的な遊びを用いてヒロインの頼りなさを表現して観る者を物語に引き込んでいきます。

この物語はある男の不器用すぎる愛情を描き出した、理屈を超えたラブストーリーとして驚きの着地を見せてくれます。この愛の形を受け入れられるかどうか、映画館を出る頃には自分自身の恋愛観と向き合うことになるかもしれません。

“イヤミス”の女王とも言われ、僧侶など異色の経歴をもつ作家、沼田まほかるの代表作を映画化。
©2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

清潔とは言えない生活感あふれる室内などこだわりの美術も、この映画のリアリティを支えています。
©2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

『彼女がその名を知らない鳥たち』

監督:白石和彌
出演:蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、竹野内豊ほか
2017年 日本映画 2時間3分
配給:クロックワークス
2017年10月28日より新宿バルト9ほかにて全国ロードショー
http://kanotori.com

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