【プロが薦めるいま読むべき3冊】ジャーナリスト・林信行が選んだ〈テクノロジー〉の本
テクノロジーやIT関連で長年取材を続ける林信行。「テクノロジー」に関する3冊を選んでもらったところ、一見、先進技術を紹介するものではなさそうなタイトルだが、林がこの3冊を選んだ理由も、そこにあった。
「AIがスマートフォンの次に変革をもたらす技術であると、書店には多くの関連本が並んでいます。でも多くの技術書やビジネス書で語られているのは、その時点だけの寿命の短い視点。この先、技術はいかに進化し、未来はどう変わるのかを知るためには、もっと過去、50年以上前の視点からテクノロジーの進化の過程を示す、長い矢印を根本から見ることが重要ではないか。そんな思いから選んだ3冊です」
まずは、認知科学分野を切り開いた、D.A.ノーマンの『誰のためのデザイン?』。林も著者がアップルの副社長時代に取材した経験をもつ。
「いま、公立の学校でもプログラミングの授業があるように、〝プログラミング思考〟が重視されていますが、技術以上に重要なのはデザインです」
著者は、「ユーザーインタラクション(相互作用)」などを研究する学問の先駆者。ハサミのように見ただけで使い方が想起できる“概念モデル”を構築することがデザインである、と説く。
「より重要な概念が『アフォーダンス』。これはノブのないドアなら押して開けるものと認識できるなど、環境がユーザーに与える意味を指します。彼は一貫して『デザインは実用的であるべき』で、それが良好なユーザーインタラクションを生むと考えた。その重要性をこの本で最初に説いたのです」
ユーザーインタラクションをいかにして築くのか。そのために必要な知識が記された「デザインを学ぶ学生はもちろん、日々起きているモノとの関わりを深く洞察する上で薦めたい一冊です」と、林は言う。
続いては、朝日新聞出身のジャーナリスト服部桂の著作『マクルーハンはメッセージ』。マーシャル・マクルーハンは、1911年生まれのカナダ人英文学者だが、彼が活躍した60年代にはメディア論を掲げ、鋭く本質を突いたメッセージで人気を博した。まさに時代の寵児でもあった。
「彼の言葉は示唆に富み、現代においても多くのインスピレーションを与えてくれる。その言葉は、映画監督のスタンリー・キューブリックら、当時のクリエイターたちにも大きな影響を与えました。彼はメディアを、身体を拡張するものと捉えていて、たとえば車輪は脚を、衣服は皮膚を拡張するものとしている。となれば、彼の言うメディアは“道具”と捉えていいのかもしれません」
当時から難解とされていた、マクルーハンが思い描く未来へのまなざし、それを現代の事例に照らし合わせながらわかりやすく解説した入門書が本書である。
「まず、巻末に並ぶ『100の言葉』を読んでほしい。いまの時代を予言していたかのような色褪せない言葉の数々に驚き、触発されるはずです」
刺激的なマクルーハンの言葉が、当たり前に受け入れているモノに、異なる視点を与えてくれることだろう。
最後は世界でヒットした『スティーブ・ジョブズ』の公式評伝。しかし林が推薦するのは、これを原作とし、『テルマエ・ロマエ』の作者、ヤマザキマリが作画した漫画版だ。
「原作に描かれたジョブズは、ガラスを挟んで眺めているようでなにか物足りない。多分、著者のウォルター・アイザックソンが、ジョブズの内面を理解しきれなかったのでしょう」
生い立ちへのコンプレックスと、その反動による世の中への怨み。そして、そんな世界を変えようとする情熱や残酷性など、「すべてが描ききれていない」と林。しかし、一方の漫画版に対しては、惜しみない賛辞を送る。
「ヤマザキさんの舅がエンジニアで、技術者の考え方が理解できるとか。原作では、重要なシーンでも軽く触れる程度でしたが、漫画版ではうつむくジョブズの姿が描かれていた。そのひとコマのおかげで、感情移入できました」
ジョブズを知ることが、コンピューターの歴史を知ることでもある。そして、本当のジョブズを知りたいならば「漫画版のほうが、よほど彼の心情が伝わってきます」と、林は力説する。
林が推薦する3冊は、テクノロジーの、そして世界の未来を見据えるための過去からの道標だ。
※Pen2020年11/1号「心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
関連記事:茶人・木村宗慎が選んだ〈美術〉の本
関連記事:千葉大学教授・中川裕が選んだ〈アイヌ〉の本
関連記事:文筆家・森一起が選んだ〈食と酒〉の本
関連記事:社会学者・大澤真幸が選んだ〈哲学〉の本
関連記事:映画評論家・町山智浩が選んだ〈アメリカ〉の本
※Pen2020年11/1号「心に響く本」特集よりPen編集部が再編集した記事です。