定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、POSTの中島佑介さんが紹介してくれるのは、2016~17年に東京と金沢で開催された展覧会で日本でも広く知られるようになったドイツ人写真家、トーマス・ルフ(1958年~)の、ウイーンでの展覧会カタログです。彼の写真は、本として紙に印刷されることによってどのような印象をもつものとなったのでしょうか。
Vol.29 紙の「違和感」を逆手に取った、トーマス・ルフの展覧会図録。
読書では、本を手に取ってページをめくる触覚と視覚による刺激があり、それによって読者は記述されている情報以上のものを受け取ります。この刺激は本のデザインや、使われている素材、印刷の再現度などが組み合わさって構成されていますが、その中でも印象を大きく変えるのが紙です。紙は触覚に作用し、また印刷の再現性にも影響するので、制作者が最もシビアに検討する要素のひとつでしょう。
写真を主とするアートブックの制作にあたっては、オリジナルプリントの再現を追求する刊行物もあります。もちろん、アートブックのクオリティにおいては重要なポイントのひとつですが、再現性に固執してしまった結果、ブックデザインと紙の選択に乖離が生じてしまっているケースも散見されます。写真は光によって、印刷は4種類のインクの掛け合わせで、と両者の表現方法が異なるため、印刷で完璧にオリジナルの写真を再現することはできません。それを受け止め、本は本としてあるべき形を追求することができた時に、一冊の本がオリジナルプリントの複製ではなく、アートブックへと昇華されるのではないでしょうか。
「本としての表現を追求する」という意識は、さまざまな点で自由を与えてくれます。先に挙げた紙を選ぶ時にも、場合によっては再現性を追求する必要がなくなり、作品のコンセプトを体現できるものであればどんな紙でも選択することが可能になります。そんな一例として、写真と印刷の違いを意識してつくられた、ドイツの写真家トーマス・ルフの展覧会カタログに注目してみましょう。