『ノクターナル・アニマルズ』
監督/トム・フォード
トム・フォードの感性が貫かれた、恐ろしいほどに美しい復讐劇。
池田尚輝 スタイリスト前作『シングルマン』で映画監督として唯一無二の存在を確立したトム・フォード。もはや「デザイナーの」 という注釈が不要なほど、僕のなかでは映画監督としてのイメージも定着している。その彼の第2作目となる本作、公開が楽しみで仕方なかった。
舞台はロサンゼルス。裕福な夫婦だが、精神的には満たされない日々を送る妻スーザンに、元夫から小説の校正本が送られてくる。「君との別れが着想となって小説を書いた。感想を聞かせてほしい」という手紙を添えて。
その衝撃的な内容の小説の展開、スーザンの回想、どこか空虚な現在、さまざまなシーンが織りなすレイヤーによって巧みに表出する暗喩がこの映画の大枠だ。またヒッチコックをはじめ、ブライアン・デ・パルマやサム・ペキンパーなど名匠へのオマージュも随所に感じるだろう。
劇中の衣装や美術もこの映画の大きな見所のひとつ。すべての衣装に細かな配慮がなされ、なかでも個人的に強く印象に残ったのは、小説中の主人公トニーがテキサスにいる場面で着る白いシャツ、そこから感じた違和感がいかにもトム・フォードらしく思えた。
衣装はシングルマンと同じくアリアンヌ・フィリップスが担当。他にもなにげないシーンに本物のアート作品が配され、宝探しのようで楽しい。
しかし「デザイナー」という前置きが不要とはいえ、映画を観ていて自然と彼のつくる服自体の魅力が蘇って来た。技を尽くしたテーラリング、布を纏うような着心地を想像させながらボディラインを美しく際立たせる生地やカッティング。意表をつく意匠などのアイテムであっても彼の美学を大いに感じることができる。息を詰まらせるストーリーと恐ろしいほどに美しい描写、トム・フォードのいるハイソでハイセンスな世界の、狂ったような美意識を感じられるはずだ。
『ノクターナル・アニマルズ』
監督/トム・フォード
出演/エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノンほか
2016年 アメリカ映画 1時間56分