『巨人の箱庭 平壌ワンダーランド』
荒巻正行 著
世界の権力者の都市計画と比し、固定化した北朝鮮像が覆る。
菱田雄介 写真家/映像ディレクター平壌(ピョンヤン)を流れる大同江(テドンガン)に沿って立つチュチェ(主体)思想塔。その頂上からは街を俯瞰することができるのだが、ある時期ガイドに「こちら側は撮らないように」とキツく言われたことがあった。いま思えばあれは、金正恩(キムジョンウン)の平壌改造の目玉、「未来科学者通り」を建設していたのだ。私はこれまでに北朝鮮を7回訪問したが、近年特に感じるのが平壌の驚異的な変化である。
その裏側にあるものはなにか? 著者は、世界史的な文脈から読み解いていく。ナポレオンのパリ、ヒトラーのベルリン、スターリンのモスクワ……。“巨人”たちは自らの首都を「箱庭」として造成するが、その誰もが困難に直面し、完成を前に世を去った。しかし唯一、金日成(キムイルソン)、金正日(キムジョンイル)、金正恩の3代こそがこの「箱庭」を完成させたのだというのだ。金日成主席はソ連の影響を受けた新古典主義都市で平壌を建設した。金正日総書記は都市を“劇場”として建設し、平壌市民をその舞台へと上げた。数々のイベントは市民の思想を支配するのに大きな役割を果たしたという。そしていま、金正恩朝鮮労働党委員長がつくり上げようとしているのがSFバロック都市としての平壌。鉄腕アトムの未来都市のような建築群が市民に示すのは、新世代の国家像だ。本書はこのように、都市の創造と北朝鮮の政治文化史をリンクさせていく。その手法は見事としか言いようがない。また、私が平壌で感じた若者の変化についても「平壌ニュータイプ」という表現で説明してみせる(本書に登場する少女のうちふたりは、私も撮影したことがあるが、きわめて正しい表現だと思う)。
著者は、首尾一貫して日本人の固定化した北朝鮮像を刺激し、覆す。「金正恩委員長のソウル訪問」という想定外のレベルに入った北朝鮮。本音を読み解くカギは、本書の延長線上にある気がしてならない。
『巨人の箱庭 平壌ワンダーランド』
荒巻正行 著
駒草出版
¥2,700(税込)