『あゝ、荒野』
監督/岸 善幸
寺山修司の名作に挑んだ、しなやかなケモノ 菅田将暉。
中森明夫 コラムニスト寺山修司の小説『あゝ、荒野』が映画化された。前・後篇で5時間超の大作である。路上で出逢った新宿新次(菅田将暉)とバリカン建二(ヤン・イクチュン)というふたりの青年がボクシングに懸ける。ユースケ・サンタマリア演ずる「片目」も『あしたのジョー』の丹下段平を意識した役どころでシブい。ちなみに寺山は〝ジョー〞の主題歌の作詞をしているが、原作はそれより早い1966年刊だ。
菅田将暉が素晴らしい!人気の若手俳優で、ラブストーリーからコメディまで自在にこなし、カメレオン俳優とも呼ばれる変幻ぶりだが、遂に本領発揮。木下あかりとの濡れ場(ベッドシーンというよりセックスシーンだ)では、裸になってむしゃぶりついてゆく。山田裕貴との乱闘シーン(アクションというより本物のケンカだ)では狂暴な雄叫びを上げる。若くしなやかなケモノのようだ。『息もできない』のヤン・イクチュンとの映画史に残るリングでの死闘場面は、圧巻!
本作の菅田は、女と愛し合ってる時、闘っていて、男と闘っている時、愛し合っているように見える。血が騒いだ。菅田に取材した際に「この映画に命を懸けまくっている。絶対に観てください!」と私に言った。よくわかった。彼に最優秀主演男優賞を与えない映画賞を、私は信じない。
本作は原作を離れ、2021年が舞台だ。そう、東京オリンピック後の東京。そこではテロが続発し右傾化の波が襲う。前回の東京五輪が開催された1964年に生まれた岸善幸監督は、この国の危うい行方と孤独な男たちの欲望の〝荒野〞を巧みに織り合わせた。菅田とヤンが疾走する近未来の荒野――新宿の風景が、美しい。半世紀も昔の物語を見事に換骨奪胎する、こんな不意打ちのパンチを食らった寺山修司も、天国のリングできっと微笑んでいることだろう。
『あゝ、荒野』
監督/岸 善幸
出演/菅田将暉、ヤン・イクチュン、木下あかり、でんでん、木村多江、ユースケ・サンタマリアほか
日本映画 前篇:2時間37分、後篇:2時間27分
前篇は10月7日より、後篇は10月21日より新宿ピカデリーほかにて公開中。