乳がんを克服して生み出された、グルーヴィーで心地よい「ハイエイタス・カイヨーテ」の最高傑作
【Penが選んだ、今月の音楽】
スピリチュアル・ジャズからポスト・ロックまで多彩な感覚を内包するオーガニック・サウンドが熱く支持される、オーストラリアのフューチャー・ソウル・バンド、ハイエイタス・カイヨーテ。6年ぶりとなる3作目『ムード・ヴァリアント』は、強烈な個性と存在感でバンドを牽引するナオミ・“ネイ・パーム”・ザールフェルトの乳がんを克服して生み出された作品である。その音を聴けば、誰もがその帰還と復活に深い感謝と感動を覚えることだろう。
「なにかと闘うというのは、これまでの人生を通してずっと経験してきたこと。私は文字通り、孤児だった。だから大きな感情のトラウマを抱えているし、それを創造的に表現して消化していくのはずっとやってきたことなの。人生が私に試練を与える時、私はそれを加工してダイヤモンドにする(笑)。それが私の音楽づくりなんだと思う」
そんなネイ・パームの言葉通り、新作には数々のダイヤモンドが光り輝いている。ベース担当のポール・ベンダーも「すごく力強くてエモーショナルなレコードに仕上がったと思う。このレコードはこれまで以上にディープな感じがする」と認めるほどの出来栄えで、彼らの最高傑作と位置付けて間違いない作品となっている。オーガニックな色合いはさらに深まり、いい意味で変態性と大衆性を備えたグルーヴィーなサウンドは唯一無二の心地よさ。内省的な詞の内容とは裏腹に外に開かれた聴き心地も実に印象的だ。
アルバムごとにグラミー賞ノミネート曲を世に出した彼らだが、今回もキラーチューンを収録。ブラジリアン・レアグルーヴの伝説、アルトゥール・ヴェロカイが流麗にして推進力に満ちたストリングス&ホーン・アレンジを手がけた「Get Sun」だ。念願だった彼との共演が生んだ生命力と躍動感は、本作を貫く特長にもなっている。
フライング・ロータスの主宰レーベル、ブレインフィーダーへの移籍第一弾としても話題を集める新作だが、先進レーベルの顔役的貫録すら既に漂う傑作である。