視点を変えると見えてくる、 持続可能に生きるヒント
Takeshi Kobayashi
1959年山形県生まれ。音楽家。2003年に「ap bank」を立ち上げ、自然エネルギー推進や、野外イベントを開催。19年には循環型ファーム&パーク「KURKKU FIELDS」をオープン。震災後10年目の今年、櫻井和寿、MISIAとの新曲を発表。宮城県石巻市を中心に発信するアートイベント「Reborn-Art Festival」も主催している。
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【利他(後編)】
SENSE OF RITA
「ap bank」などの活動を通して環境問題に向き合うなど、サステイナブルな社会について考え、行動してきた小林武史さん。その目に、サステイナブルの行方はどう映っているのか。連載20回目にあたる最終回のテーマは「利他」の後編。小林さんが大切にするのは辞書的な意味ではなく「利他のセンス」。「究極の利己は利他につながります。利己を極めると、人はひとりではなにもできないことに気づく。自分とは別の立場の視点で、ものを見ること。利己の対極にあるサステイナブルにおいて、そんな利他のセンスがいい循環をもたらす」と言う。

視点を変えると見えてくる、 持続可能に生きるヒント

森本千絵(goen°)・絵 監修 illustration supervised by Chie Morimoto
オクダ サトシ(goen°)・絵 illustration by Satoshi Okuda
小久保敦郎(サグレス)・構成 composed by Atsuo Kokubo

東日本大震災をきっかけに、利他について考えてきました。僕にとっての利他とは、いまや自分より他者を大事にするというような辞書的な意味にとどまりません。もっと解釈が広くて、感覚的なものです。だから利他について語るとき、漢字ではなく「RITA」と表記することもあります。

では、利他のセンスとはどのようなものなのか。たとえばクルマを運転していると、歩行者よりもクルマが優先されて然るべき、という錯覚に陥ることはないでしょうか。クルマのほうが大きくて強いから。一方で「だからこそ運転者は歩行者に対して優しくなろう」と考えます。横断歩道で歩行者に道を譲れば、そこにいい風が吹くのでは、と思える感覚。それは、僕にとって利他のセンスといえるものです。

生き物は、それぞれが生存本能に従いながら種の保存というバトンをつないでいます。ところが人間は、自分たちが生き延びるためにクリエイティブなことができる生き物です。ダイレクトな生存本能以外に、ものを考え、工夫できる。強さがすべてではなく、他者に対して優しくもなれる。だからSDGsのような発想が生まれました。気候変動にどう対処するのか、多様性こそが生きやすい社会をつくるのではないか……。いまを生きながら、自分のことだけではなく、持続可能な未来をも考える。その思考の道筋は、利他のセンスに通ずるものがあります。

SDGsに関しては、目標やターゲットにまだまだ曖昧なところがあるという意見もあります。でも、それは仕方がないことだと思う。貧困や教育など幅広いテーマがあり、それぞれのなかで細かな問題がせめぎ合っているわけですから。だから完全な答えを求めるのは難しい。けれど、向かうべき方向性は示されている。それは自分だけよければいいという利己的な道ではなく、その向こうにある他者の視点で見えてくる場所です。

最近早起きすることが多く、今朝は久しぶりに上りゆく朝日を見ました。その太陽に僕らの命が支えられているというシンプルな事実、そしてこの時間を共有できている奇跡に、しばし思いを馳せました。これからもずっと持続可能な未来をつくるために、なにをすればいいのだろうか。僕も確かな答えをもっているわけではないし、どんなに言葉を重ねてもなにか足りない気がしてしまう。それでも、いま話してきたように利他の視点から気づかされることがとても多いと感じています。利己を離れ、利他を感じること。そのセンスを身につけること。そこにサステイナブルに生きるヒントが隠されている気がしています。

視点を変えると見えてくる、 持続可能に生きるヒント