世界の些細な光をアートが照らし返す、銀座メゾンエルメス「輝板膜タペータ...

世界の些細な光をアートが照らし返す、銀座メゾンエルメス「輝板膜タペータム」落合多武展

写真・文:中島良平

「この猫の彫刻(『Cat Curving』)は、粘土で原型をつくって、5体を制作した5つ子です」。猫が横たわるキーボードから延びるコードは総延長400メートルにも及び、空間に張り巡らせている。

絵の具でキャンバスに描く通常のペインティングやファブリックを脱色することでイメージを浮かび上がらせる絵画、写真や映像、旅の記録をナラティブに視覚表現した作品など、様々な手法で作品を展開するアーティストの落合多武。銀座メゾンエルメス フォーラムでスタートした個展「輝板膜タペータム」では、空間の特性を巧みに活用したインスタレーションで、鑑賞者の想像力を刺激する。

「古いものから最近のものまで作品をつくった年代は違うし、シリーズもバラバラですけど、結局はひとりの人がつくった作品です。全然違って見える作品でもやっぱり通じるところがあったりするわけです。実際自分でも、どうしてつくろうと思ったのかわからないままつくった作品もありますけど、何か共通する関心が背景にあったんだなと展示してわかることもあります。この空間に来て、受け身というか即興で展示を考え始めたんですけど、どこに何を置くかが決断の連続でした。結果として展示された作品をすべて同じ人がつくったものだということが見えてくる、ということはテーマのひとつでした」

『everyone has two places(誰もが二つの場所を持つ)』のシリーズを前に、展示説明をする落合多武。右の白いペインティングのテーマはフランス人彫刻家のニキ・ド・サンファルで、彼女にちなんだ2ヶ所の地名「ヌイイ・シュル・セーヌ」と「サンディエゴ」が書かれている。

展覧会の設営プロセスを問うと禅問答のようなやりとりになってしまったが、展覧会タイトルには大きなヒントが隠されている。「輝板(=タペータム)」とは、夜行性動物の眼球の奥で反射板の役割を果たす構造物のこと。微かな光を網膜に反射させ、それが視神経に伝わることで夜行性動物は暗闇でものを認識できる。暗闇で猫や鳥の目が光るのは、この輝板が光を反射させているからなのだ。

なんでもないような対象から何かを感じ取り、それを作品にすることで、なんでもないと思っていた対象の奥にある不思議、美しさ、恐ろしさといったものを浮かび上がらせる落合多武というアーティストは、まさに輝板のように世界の光を受けて反射させる役割を果たしているように感じられる。展示空間を歩き、情報を受け取り、作品を感じることで知らない世界への興味が広がる。ガラス壁に包まれた空間にそんな体験を誘発してくれるアートが展開する。

手前は『オセロ』(2020年) 壁のペインティングは『everyone has two places』シリーズ(2014〜2015年) 新型コロナ禍の夏、ニューメキシコに滞在した落合は、「メサ」と呼ばれる砂漠の卓状台地で石拾いを始めた。純粋な楽しみとして拾い始めたそれは、いつしかオセロの石になった。

『M.O』(2020年) 「メレット・オッペンハイムというアーティストが、当時付き合っていたマックス・エルンストに作品をプレゼントしたんですが、それが40年後に蚤の市で発見され、オッペンハイム本人が修復したという話があります。それをさらに40年後に、僕がオマージュとして作品をつくり、コロナ前にロンドンで開催した個展で発表しました」

ポーランドのワルシャワで生まれ、パリで没した作曲家のショパン。死後に自分の心臓をワルシャワまで運んでほしいと遺書に記し、遺体はパリで埋葬されたが心臓は実際にワルシャワまで運ばれ、聖十字架教会に安置されているという。その心臓の旅に興味を持った落合がパリからワルシャワまで旅し、写真と旅先で見つけたものを組み合わせた作品が『Chopin, Op. 97(ショパン、97分間)』(2019年〜)

『輝板膜タペータム』落合多武展
開催期間:2021年1月22日(金)〜4月11日(日)
開催場所:銀座メゾンエルメス フォーラム 8階・9階
東京都中央区銀座5-4-1
TEL:03-3569-3300
開館時間: 11時〜19時
不定休(エルメス銀座展の営業に準ずる)
入館無料
※入館は閉館の30分前まで
https://www.hermes.com/jp/ja/story/maison-ginza/forum/210122/

 

 

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