“図鑑”にとどまらない美しさ。『川原慶賀の植物図譜』展で超絶写実を堪能...

“図鑑”にとどまらない美しさ。『川原慶賀の植物図譜』展で超絶写実を堪能しよう。

文:坂本 裕子

トキワアケビともいわれる植物は、茎の曲線を活かし、葉の濃淡や大小とともにアシンメトリーに配されて、植物図にとどまらないリズミカルな画面になっています。右下のサインから当時来日していた画家デ・フィレニューフェの手が果実の部分に入っていると指摘されています。 川原慶賀 《ムベ》 1824-1828年頃 墨、彩色・紙 ロシア科学アカデミー図書館蔵 《Russian Academy of Sciences Library》. St. Petersburg 2017

鎖国下の江戸後期、唯一オランダとの交易が許され、日本人の立ち入りも厳しく制限されていた長崎出島。ここに出入りを許され、オランダ商館の求めに応じて画を描いていた人物がいました。
彼の名は川原慶賀。長崎で活躍したこの絵師の記録はほとんど残っておらず、生涯は謎に包まれています。しかし、当時商館付きの医師として来日していたシーボルトにその才を認められ、日本の生活や風俗、自然を描いて、彼の日本研究に大きく寄与したのが慶賀でした。あまり国内では知られていないその作品は、オランダをはじめ、ドイツ、ロシアなどヨーロッパ各地に収められているそうです。中でも、特に植物に強い興味のあったシーボルトに応え、西洋画法と植物図譜の手法を学んだ慶賀は、彼に随行して、長崎だけではなく江戸参府の途上に見つけた植物の写生画を多数遺しました。シーボルトが帰国の際に持ち帰ったこれらの植物図は、彼の大著のひとつ『日本植物誌』に多く写され、現在でも貴重な資料となっています。この原画をはじめとする、シーボルトが集めたおよそ1000点の貴重な植物図譜は、その後ロシアに渡り、現在ロシア科学アカデミー図書館に保管されており、このうち慶賀の作品125点が、ロシアから里帰り中です。
埼玉県立近代美術館で開催中の展覧会では、江戸時代の人の一生や長崎の年中行事を描いた連作や肖像画など、国内に残る慶賀の作品や資料とともに植物図譜を紹介、知られざる絵師・川原慶賀が見たもの、得たものを通じて、時代の空気と彼の写実の技を観られます。

江戸時代の生活や風俗を感じる作品も楽しいですが、なんといっても圧巻は、ズラリと並ぶ植物の写生画たち。野の草から実のなる樹まで、あるものは薄塗りのグラデーションで透明感ある花弁を表し、あるものは柔らかい繊毛におおわれた花や茎、葉を緻密に写し、あるものは雄しべや小さな花の一つひとつを胡粉で細やかに色づけていて、その精緻な観察眼と再現の技量に感嘆します。また、写実の技にとどまらず、敢えて彩色せずに墨線を残す、背景に実の輪郭だけを線描で大きく描く、実と花の図を前後に重ねる、など、図鑑らしからぬ表現や構図が処々にほどこされ、それぞれをひとつの絵画作品として見せているのも魅力的です。

近代西洋の博物学の隆盛が江戸にもたらされ、生み出された“日本の植物図鑑”。会場では希望者に拡大鏡の貸出もあります。ぜひ近寄って、その成果を堪能してください。

その実が瓜に似ていることから「ボケ(木瓜)」と呼ばれる植物は、実から果実酒が作られます。こちらも右下に鉛筆のサインがあり、花咲く枝を慶賀が、実をデ・フィレニューフェが描いたとされるもの。花の濃淡と精緻な雄しべの黄が鮮やかです。 川原慶賀 《クサボケ》 1824-1828年頃 鉛筆、墨、彩色・紙 ロシア科学アカデミー図書館蔵 《Russian Academy of Sciences Library》. St. Petersburg 2017

中国が原産の枇杷は、平安時代の書物にも見られる日本で長く愛されている初夏の果実。スウェーデンの植物学者ツュンベルクが、その由来を知らず、「日本の」という形容詞を学名につけたそうです。実の拡大図はツヤの描き方から慶賀以外の手と考えられています。繊毛を感じさせる柔らかい果実を葉とともに描く慶賀との違いを楽しんで。 川原慶賀 《ビワ》 1824-1828年頃 墨、彩色・紙 ロシア科学アカデミー図書館蔵 《Russian Academy of Sciences Library》. St. Petersburg 2017

このシャクナゲは日本固有種で、薩摩藩主がシーボルトに贈った生花から描かれたのだそうです。枝や茎、額から花の色彩の微妙な変化や襞を持つ花弁一枚いちまいの描写はぜひ近くで! 葉の表裏の色彩のコントラストも美しいです。 川原慶賀 《ツクシシャクナゲ》 1824-1828年頃 鉛筆、墨、彩色・紙 ロシア科学アカデミー図書館蔵 《Russian Academy of Sciences Library》. St. Petersburg 2017

一時フランスに併合されたオランダは、国家再興のため日蘭貿易をさらに活性化する必要に迫られます。日本の風俗の研究がより理解を深めるとして、出島の商館も協力、そのためか慶賀が描いた「人の一生」の連作は7種も残されているそうです。お見合いの場面からは茶屋での出逢いを演出した当時の慣習がうかがえます。 川原慶賀 《人の一生「お見合い(出会い)」》 19世紀 絹本着色 長崎歴史文化博物館蔵

慶賀を含む総勢22名の画師による全25図の画帖から。江戸後期を代表する狩野派の面々が多い中、濃淡の彩色が花びらの質感を出し、棘も細やかなバラと、力強い輪郭で表される笹の対比に、羽毛の柔らかさを感じさせる小禽を描く慶賀の作品も、見劣りせず、技量の高さを感じさせています。 川原慶賀 《狩野家及南画家寄合画帖》より 1841(天保12年)頃 彩色・絹 個人蔵

「ロシア科学アカデミー図書館所蔵 川原慶賀の植物図譜」

開催期間:~5月21日(日) 
開催場所:埼玉県立近代美術館
埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1
開館時間:10時~17時30分(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
TEL:045-824-0111
入場料:¥1000

www.pref.spec.ed.jp/momas/

※以下の会場にも巡回予定
下関市立美術館 8月5日(土)~9月24日(日)
長崎歴史文化博物館 10月7日(土)~11月26日(日)

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