“図鑑”にとどまらない美しさ。『川原慶賀の植物図譜』展で超絶写実を堪能しよう。
鎖国下の江戸後期、唯一オランダとの交易が許され、日本人の立ち入りも厳しく制限されていた長崎出島。ここに出入りを許され、オランダ商館の求めに応じて画を描いていた人物がいました。
彼の名は川原慶賀。長崎で活躍したこの絵師の記録はほとんど残っておらず、生涯は謎に包まれています。しかし、当時商館付きの医師として来日していたシーボルトにその才を認められ、日本の生活や風俗、自然を描いて、彼の日本研究に大きく寄与したのが慶賀でした。あまり国内では知られていないその作品は、オランダをはじめ、ドイツ、ロシアなどヨーロッパ各地に収められているそうです。中でも、特に植物に強い興味のあったシーボルトに応え、西洋画法と植物図譜の手法を学んだ慶賀は、彼に随行して、長崎だけではなく江戸参府の途上に見つけた植物の写生画を多数遺しました。シーボルトが帰国の際に持ち帰ったこれらの植物図は、彼の大著のひとつ『日本植物誌』に多く写され、現在でも貴重な資料となっています。この原画をはじめとする、シーボルトが集めたおよそ1000点の貴重な植物図譜は、その後ロシアに渡り、現在ロシア科学アカデミー図書館に保管されており、このうち慶賀の作品125点が、ロシアから里帰り中です。
埼玉県立近代美術館で開催中の展覧会では、江戸時代の人の一生や長崎の年中行事を描いた連作や肖像画など、国内に残る慶賀の作品や資料とともに植物図譜を紹介、知られざる絵師・川原慶賀が見たもの、得たものを通じて、時代の空気と彼の写実の技を観られます。
江戸時代の生活や風俗を感じる作品も楽しいですが、なんといっても圧巻は、ズラリと並ぶ植物の写生画たち。野の草から実のなる樹まで、あるものは薄塗りのグラデーションで透明感ある花弁を表し、あるものは柔らかい繊毛におおわれた花や茎、葉を緻密に写し、あるものは雄しべや小さな花の一つひとつを胡粉で細やかに色づけていて、その精緻な観察眼と再現の技量に感嘆します。また、写実の技にとどまらず、敢えて彩色せずに墨線を残す、背景に実の輪郭だけを線描で大きく描く、実と花の図を前後に重ねる、など、図鑑らしからぬ表現や構図が処々にほどこされ、それぞれをひとつの絵画作品として見せているのも魅力的です。
近代西洋の博物学の隆盛が江戸にもたらされ、生み出された“日本の植物図鑑”。会場では希望者に拡大鏡の貸出もあります。ぜひ近寄って、その成果を堪能してください。
「ロシア科学アカデミー図書館所蔵 川原慶賀の植物図譜」
開催期間:~5月21日(日)
開催場所:埼玉県立近代美術館
埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1
開館時間:10時~17時30分(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜
TEL:045-824-0111
入場料:¥1000
※以下の会場にも巡回予定
下関市立美術館 8月5日(土)~9月24日(日)
長崎歴史文化博物館 10月7日(土)~11月26日(日)