Spotify担当者に聞いた、人気ポッドキャストの共通点とは?

  • 文:長谷川賢人
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世界で4億人近いユーザーを抱えるオーディオストリーミングサービス「Spotify」。近年は音楽だけに留まらず、ポッドキャスト(音声番組)においても、自社スタジオでのオリジナル番組の制作や音声クリエイターの支援など、注力を見せている。

いま、あちこちで耳にすることが増えたポッドキャスト。日本では、今後どのように広まっていく可能性があるのだろうか。そして、これから始めたいと考えるならば、どういったポイントに気をつけるといいのだろうか。スポティファイジャパンで音声コンテンツ事業を統括する西ちえこに聞いた。

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アメリカでポッドキャストが人気の理由

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ポッドキャスト発祥の地でもあるアメリカにおいては、いまやメディアやアーティストが発信するための手段として主流の一つになった感があるが、今日の姿に至る発端は2014年に遡る。犯罪調査をテーマとするドキュメント番組として配信された『Serial』シリーズの大ヒットである。爆発的な人気を呼んだ本作は、放送界のピュリツァー賞と呼ばれるピーボディ賞を得るといった評価も受けたほどだ。

それまでのポッドキャストといえば、クリエイターが自分の話したいことを話す「おしゃべり配信」的なものが多かった。しかし、リアルな犯罪を追いかけるドキュメンタリー番組の『Serial』が、実際に未解決事件の真髄に迫るといった展開を見せたことで、ポッドキャストの新たな地平が切り拓かれた。おしゃべり配信以外の大きな可能性に気付かされたのだ。

この勢いはアメリカを包み込んだ。さまざまなポッドキャストが制作され、有力な番組は制作チームごと企業に買収されるような例も出てきている。西は、日本でも今後同様のムーブメントが起きるには、『Serial』のような大きなヒットコンテンツの登場が待たれると話す。

「アメリカと日本ではユーザーニーズも違うため、Spotifyとしても多様なコンテンツを展開しています。色々なフォーマットやテーマで音声の楽しさをリスナーに提案できるように心がけていますね。ポッドキャストだからできる新たな表現を多岐にわたって追求する方針です。その中で、『Serial』のように爆発的な人気を集めるようなコンテンツが生まれれば、日本でもよりポッドキャストの盛り上がりは加速するのではないでしょうか」

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Pen Onlineが企画・制作を行うポッドキャスト番組「大人の名品図鑑」。近年、雑誌や新聞、WEBメディア等がポッドキャストを新たな媒体として活用する例も増えている。

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クリエイターという“人”が起点になる可能性

これまでの日本のポッドキャストは、「ハウツー」的なコンテンツが好まれてきた。たとえば「英語学習」など、あるカテゴリを深堀りし、それを学ぶための番組である。ただ、徐々にその傾向にも変化が表れているという。

Spotifyも協賛する、2019年秋に立ち上がった優良なポッドキャストコンテンツを発掘し応援する「JAPAN PODCAST AWARDS」の受賞作品を見ても、福岡県福岡市の若手農業家が制作する「ノウカノタネ」など、これまでになかったテーマを扱う番組や、あるカテゴリを徹底して深掘りするような中身の濃い番組が存在感を表している。多様な番組が増え、「番組内容の層が厚く」なっていく過程で、好まれる番組もより多様になってきたのだ。

また、出演する“人”をきっかけとした「爆発」もあり得ると西は分析する。

「音声以外のプラットフォームを見たときに、例えばYouTubeは、どちらかというとYouTuberという“人”を起点にして盛り上がっていきました。日本はクリエイターの層や幅が広いので、ポッドキャストも同様に、クリエイターを起点にした爆発の仕方もあり得るかもしれないと思っています」

Spotifyはポッドキャストでも音楽同様に個人の好みに最適化したコンテンツのレコメンドに注力している。ただ、ポッドキャストに関しては、「基本的にコンテンツはリスナーが選ぶ」という考えのもと、より多くのリスナーが聞かれたものがプラットフォーム上で目につきやすくなっているという。

「コンテンツなのか、あるいはクリエイターなのか、どちらがムーブメントのきっかけになってもおかしくないと思います。表現の場としてポッドキャストはまだまだブルーオーシャン。魅力的なコンテンツを生み出せれば一躍人気の配信者となれる可能性もあると思いますし。アイデア次第で何でもできてしまう状況だけに、やりがいはあると思っています」

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クリエイターの支援プログラムも積極的に展開

Spotifyでは2019年から「オーディオファースト」という成長ビジョンを世界的に掲げ、音楽のみならず、ポッドキャストをはじめとする「オーディオ(耳で楽しめる)」コンテンツや体験に本格的に投資を開始した。目下この方針のもと、音声の可能性を追求し、市場を確立し、クリエイターに新たな活躍の場を創出するための取り組みを続けている。

その一環が、オリジナル番組の企画・制作だ。国内でもさまざまな分野で活躍するクリエイターやコンテンツホルダーと提携し、自社スタジオから、音声による新たな表現やエンターテイメントを生むべく励んできた。

世界中のギャング、マフィア、少年兵、カルト教信者などの日常を描き、ギャラクシー賞も得たテレビ番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』を、映像のない音声だけの“no vision”バージョンのドキュメンタリーとして制作。他にも、氷川きよしや叶姉妹といった人々をパーソナリティに据えた番組も、声を介して人柄や新たな魅力が伝わるとして人気を呼んでいる。『ロバートpresents 聴くコント番組〜続・秋山第一ビルヂング』では、音声だけで本格的なコントに挑戦するという実験的な番組。

「音声に興味を持ってもらえるようなきっかけをリスナーに提供するだけでなく、クリエイターに対しても音声番組の新しいモデルを提案し、インスピレーションを得ていただくことも私たちの使命だと思っています」と西は語る。

そして、Spotifyはそれらの番組制作と並行し、「クリエイター・サポート・プログラム」と称して、個人クリエイターへの支援を2021年1月から本格的にスタート。「発掘(Discovery)」「共有(Community)」「育成(Incubation)」という3つの軸をもとに、クリエイターにデータやナレッジ、プロモーション機会を提供している。

「Sound Up」というポッドキャスト番組を企画・制作・配信するためのノウハウを習得できるカリキュラムも実施中だ。受講希望者を公募し、審査を通過した10名にはノートPCやWiFiデバイス、マイク、ヘッドフォンなど、制作や編集作業に必要な機材も提供される。第一回目は女性を対象に公募し、20代から60代まで、想定の3倍以上の応募があったという。西は「2021年はクリエイターを実際にハンズオンで支援していく環境を整えてきた一年だった」と振り返った。

「現在カリキュラムが進行中のSound Upの受講者たちには『人気者になりたい』というモチベーションよりは、『自分が社会に良い影響を及ぼしたくて何かを発信したい』という強い気持ちを持っている印象です」

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人気ポッドキャストをつくる秘訣とは?

広告配信や企業スポンサードなど、クリエイターがマネタイズできるツールや環境も少しずつ整い始めたポッドキャスト業界。Spotifyも、プラットフォームとして世界規模でさまざまな後押しを続ける。マネタイズの可能性が広がるにつれ、自らも番組を制作し、配信していきたいと考える人は今後さらに増えていくだろう。そこで、「人気ポッドキャスト番組を作るための秘訣はあるのか」と直球で質問してみた。

「あくまでもSpotifyのプラットフォーム上についてではありますが、人気のポッドキャストに共通するのは、自分の伝えたいことを熱量をもって表現するために、とてもよく考え抜かれていることです。実際に始めたいと考えるクリエイターさんにも、ただ漠然と録音するよりも、まずは『何を伝えたいか』をしっかりと考えてみることを最初におすすめしています」

一例として、『英語で雑談!Kevin’s English Room Podcast』が挙げられる。クリエイターのケビンはYouTubeやTikTokでも活躍しており、さまざまなプラットフォームでコンテンツを展開している。

「それぞれのプラットフォームの特性を踏まえて上手にコンテンツを棲み分け、いかに自分が運営する各チャネルをファンに回遊してもらうのか、よく考え抜かれていると感じます。聞くだけで内容を理解でき、そして楽しめるコンテンツを作るとなると、構成力も大事になります」と西はポイントを話す。

この方法論を参考にするならば、すでに他のプラットフォームで展開しているコンテンツがあるならば、それをただそのまま持ってくるのではなく、音声にあったテーマや構成、表現方法にアジャストするのもやり方の一つといえそうだ。他にもどんなテーマにするべきかの参考になるものを探したい人には、Spotify上の「ポッドキャストチャート」を眺めて、気になるものを聞いてみてもよいだろう。

「ポッドキャストチャートは、番組のフォロワーが増えるとランキングも上がりやすくなります。番組中などで『フォローしてください』とメッセージを出すだけでも変わるかもしれません。また、フォローすると最新エピソードが配信される度に自動で通知されるので、リスナーにとっても便利な機能です」

また、Spotifyには傘下に音声コンテンツを誰でも簡単に制作・編集・配信・分析できるプラットフォーム「Anchor (アンカー) 」がある。多様で個性的な音声番組が登場を促し、市場をさらに活性化したいという考えから、現在SNSなどを積極的に活用し、クリエイターにAnchorの利用を呼びかけている。

「ハッシュタグなどをつけてTwitterでつぶやいていただくと、Anchorの公式アカウントがピックアップして告知することもあります。リスナーに見つけてもらえるきっかけにもなるので、ぜひ積極的に試していただけると嬉しいです」

現在進行系で、まだまだ「手探り」が続くポッドキャスト業界。表現の場としては「ブルーオーシャン」とも言われるこの領域、始めるのは今からでも遅くない。配信機材も安価かつ便利に使えるものも増えてきた上に、動画と違って必要なものが少ないのも始めやすいポイントだ。伝えたいことを突き詰め、あなたのメッセージを届けた先には、新たな出会いや機会がきっと待っている。

【Spotifyの中の人に聞く】シリーズ


第1回:Spotifyが見据える、音楽とポッドキャストが切り拓く可能性。スポティファイジャパン代表取締役インタビュー
第2回:Spotifyはアーティストの活動とリスナーの音楽体験をどう変えたか?