スポティファイジャパン代表取締役のトニー・エリソンは前回のインタビューで、Spotifyによる音楽体験はユーザーに無限にも等しい発見を与え、それにより生活を豊かにすることが自分たちが提供できる大きな価値だと語った。この「発見」を強く後押しするのが、Spotifyの「プレイリスト」機能だ。
プレイリストには、いくつかの役割や機能がある。ユーザーが好きに曲をセレクトしてまとめる、いわゆるミックステープ的な機能。友達とよく聴く音楽を組み合わせて、シェアプレイリストを作れる“Blend”という機能もある。中でも特徴的といえるのは、Spotifyがテーマやジャンルに沿って曲をセレクトし、おすすめしてくれる機能だろう。
「日本だけでも数百にのぼるプレイリストがある」と、スポティファイジャパンの音楽部門担当者・芦澤紀子は話す。Spotifyによるプレイリストは、専門のエディトリアルチームが日々新曲などを含めて編成を更新し続けており、「常にフレッシュな状態」を保つようにしているという。Spotifyとプレイリストは、いかなる価値をアーティストへ提供してきたのか。そしてこれから、どのようにエンパワーしていくのかを聞いた。
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プレイリストがもたらした音楽体験の変化
Spotifyにログインすると、数多くのプレイリストが迎え入れてくれる。日本や世界のヒットチャート、ユーザーが好みそうなアーティストをまとめたもの、ワークアウトやリラックスタイムに合う選曲……。「半身浴のススメ」と題されたプレイリストには「忙しかった1日の終わりは、半身浴と心に沁みる音楽でゆったりリラックス」という文が添えられていた。開いてみると、てっきり「風呂」に関する曲が並んでいるかと思いきや、そうではない。ジャンルも年代も幅広く、もはやクラブDJに「半身浴をテーマに」と選曲をお願いしたかのようだ。
「プレイリストは日々増えています。グローバルで作っているものがある一方で、日本はローカルなミュージックシーンが活発なマーケットなので、日本向けのプレイリストも多数ローンチしています。おそらく500種は超えているのではないかと思います」
これらプレイリストの多くは、スタッフが手作業で制作やメンテナンスを続けているという。そのために、Spotifyのミュージックチームのメンバーは文字通り「音楽漬け」の日々を送っている。
「ユーザーがいつ聞いてもフレッシュな状態を保ちたいと考えています。毎日大量の楽曲がリリースされている中で、エディターは自分が担当しているプレイリストのテーマに沿うであろうものを、ジャンル関係なく聴いています。そして日々、キュレーションしてプレイリストを更新しています。音楽ジャンル別のプレイリストもありますが、生活シーンなどのテーマに沿ったものも多く、巨大な楽曲のプールから、担当プレイリストにふさわしい曲をジャンルや年代を問わず探しながら聞いているイメージです」
それほどSpotifyがプレイリストを重視するのは、ユーザー体験の向上も当然ありながら、新たな楽曲とのつながりを生むきっかけになるからだろう。芦澤は「いわゆる新譜か旧譜か、という区分けはあまり関係なく、多様な音楽が聞かれるのもストリーミングサービスの特徴」と話す。もちろん勢いのある“時の人”なアーティストの楽曲がトップチャートにのぼることもあるが、いわゆる「サブスク解禁」となったアーティストの旧譜が一気に再生数を伸ばすことも少なくない。
「2020年で言えば、B'zの楽曲がSpotifyで聞けるようになりました。リアルタイムで経験してきたリスナーはもちろん、その当時を知らなくても何曲かは知っているという若いリスナーが、これを機会にしっかり聞いてみようと興味をもつ。そんな時、Spotifyであれば無料でもすぐにすべての曲をチェックすることができます」
「カテゴライズからの解放」というのも、プレイリストがもたらした恩恵の一つかもしれない。
CDショップやレコードショップに通っていた世代からすれば、店内の商品がジャンルごとに区分けされて、時には異なるフロアに陳列されていた光景は、馴染みあるものだろう。だが、物理的に区分されている故にジャンル間の回遊が生まれにくかったり、「これはロックなのか?」「本当にR&Bという括りでいいのか?」とそのカテゴライズに疑問を抱いたりと、限界を感じることもおそらくあったかと思う。
こうしたカテゴライズは、店内陳列上は効率的であったかもしれないが、ユーザーに望まれていたものであったかは疑問が残る。むしろ、ユーザーからすれば、気に入ったアーティストに関連する別のアーティストに出会ったり、「テイスト」が似ている曲を新たに聞けるほうがより充実した音楽を楽しめる可能性もある。
「ストリーミングでは、プレイリストを通じて今の気分にあった曲を見つけたり、お気に入りのアーティストのページから好みに合いそうな他のアーティストを見つけていったりすることが容易で、音楽の幅がどんどん広がるのも醍醐味です」
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使われるほどに高まる、パーソナライズ精度の裏側
芦澤は「ユーザーの好みや聴取履歴を踏まえてアルゴリズムがおすすめする、パーソナライズ機能の精度向上にも一貫して取り組んでいます」と話す。その背景には全世界に広がり続けるSpotifyユーザーの数が大きく寄与している。現在Spotifyは全世界で約3億8100万人以上のリスナーに利用されており、日本の楽曲は国を越えて海外でも聞かれている。さまざまな好みや聴き方をするユーザーたちが音楽を聞くほどビッグデータが蓄積され、その分析からユーザーの傾向が見えてくるのだ。
「スキップせず最後まで聞く、お気に入りに保存する、自分のプレイリストに追加する、違うアーティストの曲に遷移するといった、ユーザーのアクションがデータとして蓄積されます。また、おすすめされたプレイリストで受動的に聞いたユーザーと、アーティストや楽曲名を検索して能動的に聞くユーザーでも、データは異なります。それらを分析していくと『この曲を聞いた人は、こういう曲も好むはずだ』という傾向を導きやすくなる。そして、そのデータの蓄積が多くなるほどパーソナライズ精度も上がっていくのです」
ストリーミングは音楽の聴取体験を、時代や言語、あるいはお仕着せのカテゴライズを超えて、あくまで欲求に応える形のユーザー主導型に戻しつつあるともいえそうだ。よりパーソナライズされた体験をリスナーに提供すること。それはアーティスト側から見れば、自分の音楽に対して興味をもつ可能性が高いリスナーに曲を届けるチャンスの拡大とも言える。
「新しくそのアーティストに出会った人が、ファンや熱心なスーパーファンになっていくといったエンゲージメントを高めていく道筋の提供も、Spotifyは重視しています。例えば、曲とともに歌詞を表示したり、ボーカル音量だけを調整して一緒に歌えたり、ライブやコンサートスケジュールをアーティストページに表示し、チケットも数タップで購入できたりという機能を次々と設けてきました。単に音楽を聴く場所であるだけなでなく、包括的な音楽体験を提供し、出会ったアーティストとリスナーのエンゲージメントを高めています」
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セットリストを組むヒントにもなり得る?「Spotify for Artists」
ストリーミングを楽しむユーザーが増えるにつれて、リリースの方法なども多様になってきた。たとえば、シングルの配信リリース頻度を高くするといったこともその一例だ。
多様なシングルが配信されると、趣向の異なるタイプのプレイリストにピックアップされたり、レコメンデーションされる機会も増える。また、配信されたシングルへのリスナーの反応をみながら、アルバムを作り上げていくことも可能だ。こういった例はすでに数多く生まれているという。
リリース数が増えれば、そのぶん過去の楽曲が埋もれやすくもなりそうなものだが、Spotifyは前述のプレイリストやパーソナライゼーションを通じて、「リスナーに出会いの場を提供し、コネクトしていく」ことを目指している。
また、アーティスト向けのツールとして提供する「Spotify for Artists」も大きな役目を果たしている。
Spotify for Artistsは、自身の楽曲の聴取データやオーディエンスデータなどを参照できるダッシュボード。一例を挙げれば、日毎や都市別の再生回数がわかる。これらの数値データを日々参照しつつ、どのメディア露出やプロモーションの効果があったのか、といったマーケティング分析や考察がより可能になる。
「オーディエンスデータは年齢や性別、国別などで見られるので、ツアースケジュールを組む際の参考にしている例もあると聞きます。初めてのアジアツアーを敢行するなら、どの国や都市で開催し、どの楽曲を入れるべきなのか、というセットリストの組み立てにも役立てられるのです」
Spotifyを通じて、アーティスト自らが楽曲配信やマーケティング、ファンとのコミュニティ生成にも関与しやすくなった。メジャーレーベルに属さないインディペンデントなアーティストも、Spotify上のツールを活用することで、オーディエンス特性を分析したり、SNSを活用したマーケティング施策を組み立てることができる。
「現在はSpotify for Artistsは英語での提供になっていますが、日本語を含む多言語対応も実施される予定です。より直感的に理解できるような画面構成になりましたし、今後はインディーズアーティストを対象にしたレクチャーもより積極的に実施していきます」
プレイリストを軸にリスナーとアーティストとの接点を生み出すSpotify。その裏側は、ついすべてがAIやアルゴリズムによって規定されているかのようなイメージを抱いていたが、それは当てはまらないようだ。代表取締役のトニー・エリソンが「コンテンツの成分の大半は、やはり人間としてのインスピレーションとクリエイティビティにある」と語ったように、Spotifyはあくまでそれらを増幅させる“アンプ”であり、どこまでもその主体はリスナーとアーティストという生身の人間なのだと思わせる。