ルッキズムやガールズ群像劇、BLにアロマンティック・アセクシュアル。吉田が2020年代から精力的に描いてきたドラマには、社会の偏見によって生きづらさを感じている人々が登場する。24年上半期に放映されたNHKの朝ドラ『虎に翼』ではその対象を一気に広げ、「どんな人でも自分を誇っていいんだよ」と訴え、多くの人々の共感を呼んだ。環境やセクシュアリティに関係なく誰もが自由な道を選べる社会を、との吉田の願いが、多くの人の背中を押したのだ。
音楽の地平を切り拓いてきた細野晴臣は、2024年に活動55周年を迎えた。ミュージシャンやクリエイターとの共作、共演、プロデュースといったこれまでの細野晴臣のコラボレーションに着目。さらに細野自身の独占インタビュー、菅田将暉とのスペシャル対談も収録。本人、そして影響を与え合った人々によって紡がれる言葉から、音楽の巨人の足跡をたどり、常に時代を刺激するクリエイションの核心に迫ろう。
『細野晴臣と仲間たち』
Pen 2024年1月号 ¥990(税込)
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自分の道は自分で決める。他人に決めさせない
小学生の頃から物語や絵本をつくるのが好きで、漫画家になりたかったという吉田恵里香。
「パソコンやタブレットで漫画が描ける時代ではなかったので、いきなりGペンを買ったら全然描けなくて挫折しました」
しかし生来の〝お話〞好きだった吉田は、その後小説を書きながら大学へ進学。文芸部に所属して小劇場のアルバイトなどをするうちに、現在の事務所のマネージャーと知り合い、ひょんなことから脚本を書き始めることに。
「脚本家になるつもりはなく、人生経験のつもりでラジオの脚本のコンペに参加したら、ラッキーなことに通ってしまったんです」
大学在籍時に既にNHKの子ども番組やアニメの共同脚本を手掛けるなど、運を引き寄せるようにして脚本家の道を歩んできた。
2020年代に入ると、ルッキズムやラブコメを描いた『ブラックシンデレラ』やファッションをテーマにしたガールズ群像劇『DASADA』など、若者の空気感を捉えたドラマを手掛ける。そんな吉田の名を一躍有名にしたのが、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(通称「チェリまほ」)だ。
「同性愛に偏見のある人にも誤解なく届くように書きました。コロナ禍だったこともあり、観た人が優しさや温かい気持ちを感じられるように意識しました。当時は世間の認識が浅かったのでBLという言葉はあえて使わず、登場人物をなるべくいい人間として描きました。いまなら違う描き方をしていると思います」
2022年に放映された『恋せぬふたり』では、さらに複雑なセクシュアリティに切り込んだ。他人に恋愛感情や性的感情を持たない人、またはその指向をさすアロマンティック・アセクシュアルが主題だ。
「チェリまほでは脚本にアロマアセクの登場人物を加えて、恋愛だけがすべてじゃないよ、というメッセージを組み込んだんです。それを見たNHKのディレクターの方が『恋せぬふたり』の企画を出して、私を指名してくださった」
執筆にあたり考証担当者と一緒に当事者への取材も行った。
「当たり前ですが、セクシュアリティにはグラデーションがあるので、決めつけて描けるものではありません。本当にいろいろな方がいて、ひとつのワードではとても括れない。それをふたりの登場人物にのせていきました。自分の中で、書き方の誠実性とエンターテインメント性のバランスを大事にした作品です」
このドラマは第40回向田邦子賞を受賞。多くの人が「アロマンティック・アセクシュアル」という言葉を知る機会となった。
『恋せぬふたり』をきっかけに同局から「連続テレビ小説」の依頼を受け、同時進行でテーマやキャスティングの構想が始まった。
「いくつか案が出たのですが、私が朝ドラという長丁場で描きたかったのは、スポットが当たらない人です。日本初の女性弁護士、三淵嘉子さんで行こうと決まってからは、当時の社会状況をいろいろ調べました。そこで思い出したのが『裁かるるジャンヌ』というジャンヌ・ダルクを描いた映画です。15世紀の中世にひとりの少女が非人道的な扱いを受けた物語で、映画が公開されたのは1928年。場所や時代が変わっても偏見は変わらずにある。自分はせっかくエンタメの世界にいるのだから、マイノリティの問題を広く訴えたいと思ったんです」
吉田自身は自らのキャリアにおいてセクシュアリティの壁に阻まれることは少なかったが、結婚適齢期という言葉には無意識にとらわれてきたという。
「30までに結婚しないと大変だぞ、っていう周囲からのプレッシャーはあったし、出産すれば『3歳までは仕事をセーブしないと無理だよ』と言われる。それ、男にも言うのか? って思いましたね。仕事か結婚か、キャリアか子育てか、そんなふうに分けられるのはおかしい。男も女も選択肢をなるべく増やして自由に選べる社会であってほしい」
『虎に翼』では仕事に子育てに奮闘する主人公のほか、専業主婦として一家を守る義姉、国籍や家父長制の軋轢により進路を絶たれた学友などさまざまな背景を持つ人物が登場する。
「私たちの生活は全部法律に紐づいている。だから法律をテーマにすれば、すべてのジャンルが描けると思ったんです。視聴者の分母を広げて、これまで無下にされてきた人たちに光が当たるようにした。見る人誰もが自分を誇っていいんだよと伝えたかった」
幅広い視聴者に向けて描くために、吉田が日々行っている人間ウォッチがSNSだ。
「インスタはよくチェックしますね。この世界では自分をよく見せたい人たちであふれている。過剰に自分を盛ったり、シミを取ったり歯を白くしたり、美しくなければ価値がないというような、外見を重視する誤った社会的価値観にとらわれています。コメント欄も見ますが、誹謗中傷がガス抜きになっている。他人をいじめるのは手っ取り早い娯楽なんだろうけど、これは否定していかないといけない」
みんな自分が損してると感じている。問題は社会構造にあるのに
現代は「自分は損している」と思いがちな社会だと吉田は言う。
「子育て中の社員が時短で早退すると残された女性社員は損をしたと思ってしまう。納税しているのに所得制限で補助が受けられないのは損だ。介護していると社会から取り残されてしまうといった具合です。冷静に考えれば違うのに、みんな余裕がない。根本の問題は社会の構造にあるのに」
そんな人間社会の闇を描く時、吉田はエンターテインメントという名の羽を広げる。
「差別をしている人の目線で直接的に描くこともできるし、いじめの問題を森のクマたちの物語として描くこともできる。エンターテインメントに正解はないんです」
彼女が立ち向かう次なるストーリーを、多くの人々が待ち望んでいる。
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