世界の音楽シーンへ飛び立つ、 唯一無二のピアニスト角野隼斗が見据える未来

  • 写真:野口正博 
  • 文:原 典子
  • ヘア&メイク:大津篤子
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クラシック界にとどまらず、ジャンルも国境も越え、人々を熱狂させているピアニスト、角野隼斗。2024年には自身最大規模の全国23公演のツアーを実現、さらに7月14日、20代最後の誕生日に日本武道館で開催したリサイタルチケットは即日完売、大きな反響を呼んだ。

秋には世界デビューアルバムをリリースし目覚ましい活躍を見せた角野は、現在ニューヨークに拠点を移し、グローバルに飛び回っている。いまなにを考え、どんな未来を描いているのか。角野の“現在地”に迫った。

音楽の地平を切り拓いてきた細野晴臣は、2024年に活動55周年を迎えた。ミュージシャンやクリエイターとの共作、共演、プロデュースといったこれまでの細野晴臣のコラボレーションに着目。さらに細野自身の独占インタビュー、菅田将暉とのスペシャル対談も収録。本人、そして影響を与え合った人々によって紡がれる言葉から、音楽の巨人の足跡をたどり、常に時代を刺激するクリエイションの核心に迫ろう。

『細野晴臣と仲間たち』
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角野隼斗(すみの・はやと)●アーティスト 1995年、千葉県生まれ。2021年、ショパン国際ピアノコンクールセミファイナリスト。24年には全国23公演のツアーを開催。Cateen(かてぃん)名義のYouTubeチャンネルの登録者数は140万人を超え、総再生回数は2億回を突破している。

自分が生み出すものは 環境に依存するからこそ、 ニューヨークへ渡った

東京大学大学院在学中の2018年に、ピアニストの登竜門として知られる「ピティナピアノコンペティション」で特級グランプリを受賞。そこからプロのピアニストとしての道を歩み始めた異色の経歴を持つ角野隼斗は、この数年で瞬く間にスターダムへと駆け上がっていった。2024年7月14日、20代最後の誕生日に日本武道館で開催したリサイタルのチケットは即日完売。武道館でのピアニストの単独公演としては史上最高となる1万3000人の聴衆を前に、最初から最後までひとりで弾き切った。23年には拠点をニューヨークに移し、「世界に出ていく」意志を態度で表明。その成果として届けられたのが、ソニークラシカルとのワールドワイド契約第一弾として24年10月30日にリリースされた世界デビュー・アルバム、『Human Universe』だった。国境を越えた活躍は、まばゆいばかりだ。

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ブルックリン橋と摩天楼を背に立つ角野。ニューヨークに初めて来てから、1年後には家を借りていた。

角野がニューヨークへ移住した理由のひとつは、「あらゆるジャンルの音楽の最先端に触れることができるから」だという。時間を見つけては、精力的にライブにも出かけている。

「インプットは大切にしています。あと、ニューヨークへ行ったのは環境を変えたかったからというのもある。自分の中から生まれるものも、結局は環境に依存するところが大きいと思うんです。音楽家のブライアン・イーノが『創造性はサーフィンと同じ』と言っていたのですが、その通りだな、と。サーフィンのように波に身を委ねている状態が最も創造性を発揮できるという意味ですが、僕が日本ではない環境に身を置きたかった理由は、そこにもあります。いい波を探し、その波に身を委ねてみたかったんです」

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左:市内をウーバーで移動中。マネジャーとリサイタルの打ち合わせをしていた。 右:自宅でピアノを弾く角野。窓からはニューヨークの街が見渡せる。ここからYouTubeの配信も行っている。

宇宙をコンセプトにしたアルバムに見える、角野の多面性

『Human Universe』は、音楽と宇宙、人の心の連環をテーマに、バッハ、ラヴェル、ショパン、坂本龍一らの作品と自身で作曲した作品を収録。この一枚から角野の多面性がにじみ出るようだ。

「自作曲、クラシック曲、編曲した曲、それぞれをバランスよく入れながらアルバム全体を組み立てていきました。宇宙をコンセプトにしたので、その広がりや世界観を音で体験してもらいたくて、音づくりの部分にもかなりこだわった。ロンドンでレコーディングしたのですが、エンジニアに曲のイメージを伝えて部分的に音響を変えたり、アップライトとグランドピアノを弾き分けたり。海外ではエンジニアも積極的に意見を出してくれるので、いろいろと実験ができて楽しかったです」

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ワールドワイド・デビューアルバム『Human Universe』(発売中)。クラシックだけでなく、自作曲や坂本龍一の曲も収録されている。

今作のために書き下ろした「3つのノクターン」は出色だ。この曲は、旅する中で見た夜空をイメージしたという。

「作曲する時は、タイトル曲の『Human Universe』のように、11拍子でつくりたいというコンセプトが先にある場合も、『3つのノクターン』のように、印象的な景色からインスピレーションを得て書く場合もあります。景色を見たあと、ピアノに向かって即興で弾いてみるんです。それを録音しておいて、いいと思ったところをピックアップし、スケッチを組み合わせるようにつくっていきます」

このアルバムのライナーノーツは角野自身によるもの。ドビュッシーの「月の光」には、「(月の光は)実際には月自体が発光しているわけではなく、太陽の反射による間接的な光なのである。明るい間接光、がこの曲にはとてもしっくりくる」と書いている。美しい月を見てこのように思う感性は、いかにも理系の角野らしい。

言葉を話し出す前から数字に興味を示す子どもで、得意科目は数学、物理、化学、音楽だったという角野。だが、それらを結びつけて考えるようになったのは、大学院での研究生活を経て、音楽の世界へ戻ってきてからだった。

「音や音楽を研究者的な視点で見るようになり、ただ演奏していたのとは違った捉え方をするようになりました。大学院では情報理工学系研究科でMIDI(音楽の演奏情報を数値化した統一規格)に関する研究をしていたのですが、アコースティック楽器の演奏には数値化できる情報と、できない情報がある。ピアノは鍵盤を押すとハンマーが弦に当たって音が出るだけの仕組みなのに、なぜあれほど多種多様な音色が出るのか。とても不思議です。そこには数値だけでは表せない情報があるはず。それを突き詰めていくと、普段“音色”と言っているものは果たしてなんなのだろう、と考えるようになっていくんです」

武道館のコンサートではショパンの作品を多く入れていたが、その理由は「ショパンの表現や美意識がしっくりくるから」だという。

「即興的な雰囲気を匂わせながら、和声も完璧につくられている。その両立に美しさを感じるんです。ショパンの作曲は即興から始まっているのではないでしょうか。現代のクラシック音楽は楽譜に忠実でなければならないという前提がありますが、バロックや古典派の時代に即興があったように、その風潮が戻ってきたらクラシックの未来はもっと面白くなるのではと思います」

きっと角野自身が、クラシック音楽の新しい世界を見せてくれるに違いない。

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2024年7月に行われた日本武道館でのライブ。メイキング映像も入ったスペシャルエディションがWOWOWで放送された。

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