1.VAN CLEEF & ARPELS(ヴァン クリーフ&アーペル)
レディ アーペル ブリーズ デテ ウォッチ
マザー・オブ・パールの文字盤を背景に、スペサタイトガーネットの雌しべを持つブルーの花びらは「ヴァロネ」、葉は「シャンルヴェ」、ミニアチュールペインティングの茎で支えられた草の葉は「プリカジュール」と多彩な表現を駆使。ケースサイドのボタンでオートマタが起動し、プリカジュールを纏った18KWGと18KYGのふたつの蝶が舞い、花がそよぐ超絶技巧も見もの。
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2.JAQUET DROZ(ジャケ・ドロー)
グラン・セコンド トゥールビヨン アイボリーエナメル
アイボリーカラーのグラン・フー・エナメル(高温焼成)ダイヤルにシンボリックな「∞」の字を縦に描き、そこから精緻なトゥールビヨンをのぞかせる。ノーブルな文字盤が複雑機構を引き立てる独創的なダイナミズムは、自社工房内で自社の職人が「クロワゾネ」や「シャンルヴェ」など、エナメルの伝統技法を駆使した文字盤を製作するジャケ・ドローらしい。
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3.CREDOR(クレドール)
GBAQ961
ベースとなる地板に模様を刻んだ上から半透明のエナメル層をつくり、模様を透かす「バスタイユ」技法を採用したダイヤル。奥行きのある質感は、特別に調合した5色のエナメルを使用し、中央から外側にかけて段階的に濃くなるグラデーションを描く。130年以上の歴史を有する宮内庁御用達の老舗、安藤七宝店の協力を得て製作された逸品だ。
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エナメルの技法を用いたダイヤルは、現代の高級時計の中でも特別な存在だ。通常のペイントやメッキのダイヤルと異なり、少なからず人の手作業が必要となり、凝り出したらキリがない。
そもそもエナメル技法は中東起源であり、中世に西洋に伝わった。そのテクニックを継承・発展させた代表的な土地のひとつがスイス、特にジュネーブであり、時計の装飾として定着した。一方、エナメルはシルクロードを通って日本に伝来している。正倉院の美術品の中にも奈良時代の七宝焼の御物があるほどだ。エナメルと日本の七宝焼は、実はルーツが同じである。だから腕時計に使われるエナメル技法の多彩なフランス語の用語は、日本語で説明が可能だ。
モチーフを彫って施釉する「シャンルヴェ」は象嵌七宝、ステドグラスのような「プリカジュール」は透胎七宝。地板に彫った模様を半透明のエナメルで透かす「バスタイユ」は彫金七宝。「ヴァロネ」は彫り下げた窪みに起伏をつけるものだ。他にも金属の線で輪郭を描く「クロワゾネ」は有線七宝、モチーフに切り抜いた小さな金箔片を埋め込む「パイヨネ」、暗色のベースにリモージュホワイトでニュアンスを描くモノトーンの「グリザイユ」など、さまざまなテクニックが用いられている。
腕時計はムーブメントに凝り出すと、あらゆる複雑機構を駆使したグランドコンプリケーションを目指していく。多彩なテクニックを駆使したエナメル文字盤の価値もまた、無限拡大の可能性があると言えるだろう。
並木浩一
1961年、神奈川県生まれ。時計ジャーナリスト。雑誌編集長など歴任し、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。新著に『ロレックスが買えない。』。※この記事はPen 2024年12月号より再編集した記事です。