フランスの音楽シーンを代表するバンドの一つである「フェニックス」は、フレンチ・タッチ(フレンチ・ハウス)を象徴する最後の存在として、いまもなお国際的な人気を誇っている。2024年のパリオリンピック閉会式でもフェニックスやエールが登場し、この時代の音楽が再び脚光を浴びた。彼らの最新アルバム『Alpha Zulu』(Loyauté/Glassnote Records, 2022年)は、ルーヴル宮殿の装飾美術館で録音され、各方面から高評価を得ている。その制作にあたり、ギタリストのローラン・ブランコウィッツは日本の1970年代の音楽からインスピレーションを得たという。今回、日本の音楽界の重鎮である細野晴臣への深い敬愛を語ってくれた。
──細野晴臣の音楽を初めて聴いたのはいつですか?
ブランコウィッツ:細野との出会いには、一つひとつストーリーがあります。最初は彼のバンド、はっぴいえんどの曲「風をあつめて」を、映画『ロスト・イン・トランスレーション』のサウンドトラックで聴きました(編注:監督のソフィア・コッポラは、フェニックスのボーカリスト、トーマス・マーズの妻である)。
それから、彼のアルバム『HOSONO HOUSE』を手に入れ、彼が自宅でこのアルバムを録音したことを知りました。アルバムのライナーノーツには、畳の上に座っている彼の写真が載っていて、とても印象的でした。実は最近、東京でこのアルバムを新しく買い直したばかりなんです。私が持っていたものはもう傷んでしまっていたので。
そして数年前、表参道にある「Found Muji」というショップを訪れた際に、店内で流れていた曲が気になって調べてみると、細野が無印良品のために特別に作曲したものでした。それが彼のアンビエント的な作品に初めて触れるきっかけとなり、以降そのジャンルにも強く惹かれるようになりました。
──1984年に発表された「TALKING あなたについてのおしゃべりあれこれ」(収録:『花に水』)ですね。この曲は2017年にYouTubeで公開された際、海外でも予想外の人気を博し、熱狂的なファンがコミュニティを形成しました。この曲に惹かれた理由は?
ブランコウィッツ:ブライアン・イーノ風のアンビエントなサウンドに、細野特有の感性が加わっているところに魅了されました。その感性は私にとってもより共感できるものです。音の選び方やトーンが、私にとっても非常にしっくりくるものでしたね。
──その曲をサンプルとして使用したいと思っていたところ、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・コーニグが先に自身の楽曲「2021」(Columbia Records, 2019年)で使っていたんですよね。フェニックスの『Alpha Zulu』には収録されていませんが、1970年代の日本の音楽にインスパイアされたと話しています。サンプルの選定はどのように行っているのですか? また、良いサンプリングとは何でしょう?
ブランコウィッツ:バンドの中では、主に私がサンプルを持ち込む役割を担っています。私は、何か気になる音を見つけたら、とりあえず取っておくというスタイルです。それらをスタジオで使う音のパレットとして蓄積していくんです。日本に行ったときも、たくさんのサンプルを集めて帰ってきます。日本の音楽には、まだ発掘されていない宝のような素材がたくさんあるんです。
フェニックスの音楽には、結成当初から70年代の日本の音楽が影響を与えています。例えば、私たちのヒット曲「If I Ever Feel Better」は、ジャズ・フルート奏者の本多俊之の「Lament」をサンプリングしています。良いサンプリングとは、元の作品を尊重しつつ、別の意味や形で生まれ変わらせることができるものですね。「If I Ever Feel Better」の際も、本多氏に許可を得た上でサンプルを使用しましたが、最終的には彼自身も自分の作品だと気づかないほどに異なる形で再構築されていました。
また、ローランドやヤマハのシンセサイザーも使用していますが、これらの日本製の電子機器は、スティーヴィー・ワンダーからクラフトワークに至るまで、ポップミュージックの文化に大きな影響を与えてきました。日本の技術者が音楽に与えた影響には驚かされますね。
──細野晴臣の音楽的なアプローチに共感する部分はありますか?
ローラン・ブランコウィッツ:私たちと彼には似たような姿勢があります。彼も私たちも、異なる世代ですが、同じように海外からの音楽、特に英米の音楽を自分たちのものに変え、独自のスタイルを確立するという挑戦をしてきました。私たちフェニックスはフランス人として、彼は日本人として、この課題に向き合ってきたんです。
──『HOSONO HOUSE』を自宅で録音した細野の姿勢に感銘を受けたとおっしゃいましたが、ルーヴル宮殿で録音した『Alpha Zulu』では、畳の床も取り入れられましたね。
ローラン・ブランコウィッツ:装飾美術館の録音室には、チュイルリー庭園を望む美しい丸窓があり、そこに京都の職人に頼んで作ってもらった畳を敷きました。私自身、音響にこだわりがあり、畳の床が音に与える影響にとても興味があります。いつか自分専用の畳の部屋を作って、そこで音楽を聴けるようにしたいですね。
──細野晴臣の音楽の遺産は日本で計り知れない影響力を持ち、最近ではアメリカのレーベルからのソロアルバム再リリースによって国境を越えました。この現象についてどう思われますか?
ローラン・ブランコウィッツ:一部のアーティストには、デヴィッド・ボウイやボブ・ディランのようなポップミュージックの偉大な存在と肩を並べる才能があります。フランスではセルジュ・ゲンズブール、イタリアではルチオ・バッティスティなどがその例です。彼らは英語圏の中心から外れたところにいるため、評価されるのが難しいこともありますが、実力を持つ者にはいずれ正当な評価が与えられるものです。細野晴臣もまた、その一人です。風が火の粉を吹き飛ばしたとき、そこに小さな宝石が残るように、彼の作品にはまだ発見されていない多くの魅力が秘められています。
音楽の地平を切り拓いてきた細野晴臣は、2024年に活動55周年を迎えた。ミュージシャンやクリエイターとの共作、共演、プロデュースといったこれまでの細野晴臣のコラボレーションに着目。さらに細野自身の独占インタビュー、菅田将暉とのスペシャル対談も収録。本人、そして影響を与え合った人々によって紡がれる言葉から、音楽の巨人の足跡をたどり、常に時代を刺激するクリエイションの核心に迫ろう。
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