人気のビールを手掛けるブルワー、そのカルチャーを伝える注ぎ手……。クラフトビールに魅せられ、ファンの視線を浴びる3人を紹介する。三人目は、2019年に開業したボトルショップ「ベンズ スロップ ショップ」のオーナーである村越剛人だ。ボトルショップの強みを活かして、他のお店では取り扱わない日本と海外のクラフトビールを多く提供する評判のお店を経営する村越。そんな彼の人生は、スタウトのように濃い人生だった。
Pen最新号は『驚きと、よろこびのクラフトビール』。この数年で、クラフトビールをめぐる景色が大きく変化しつつある。ていねいにつくられたもの、多様性を包み込むもの、消費されない価値を持つもの。こうした価値観、考え方が世の中に浸透し、新しい時代の姿となっているが、クラフトビールは、まさにその流れの真ん中にあるものだ。世界を動かす驚きと、よろこびあふれるクラフトビールを体感しに行こう。
『驚きと、よろこびのクラフトビール』
Pen 2024年10月号 ¥880(税込)
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おいしく飲むだけでなく、“カルチャー”を伝える案内人
クラフトビールの販売店を指す、ボトルショップという言葉をご存じだろうか? ひと昔前はビアファンにしか通じなかったが、コロナ禍にビアパブが酒類提供の自粛を強いられる中で開業が相次いだこと、また昨今のクラフトビールブームによって、その存在は一般にも認知されるようになった。
2019年に都立大学に1号店をオープンしたザ スロップ ショップは、コアなギークが集うボトルショップとして業界で知られた存在。21年には吉祥寺に2号店、ベンズ スロップ ショップを開業。共通するのは、インポーターを兼業する強みを活かして、他の店ではあまり見かけない輸入ビールを多く扱い、国産ビールは厳選している点。一見の客はどの銘柄を買うべきか迷うかもしれないが、代表の村越剛人をはじめ、スタッフがきちんと説明してくれる。「クラフトビールって、カルチャーなんです。それを伝えたくて、品揃え、陳列も工夫しています。大手のビールより価格が高いので、お金のある人、ギークが嗜好するお酒になりがちですが、いろんな方に楽しんでいただきたい」
そう話す村越。ベンズ スロップ ショップの冷蔵ケースのプライスカードを見れば、多くの銘柄の価格が他店より低く設定されていることがわかる。クラフトビールのカルチャーとしての面白さ。そこに気付いてくれる人を増やしたいと、村越は身を削る覚悟だ。
そもそも村越がクラフトビールに人生を懸けようと思ったのはなぜか。それは東京大学卒業という経歴を持ちながら、やりたいことが見つからず、長くくすぶっていた時期に見つけた答えだった。
「中・高も都内の進学校で、周囲は『大企業に就職するのが当たり前』との価値観を持った同級生ばかりでした。大学に入ってもそれは変わらない。でも僕はずっと、その考えに馴染めなかったんです。大学は留年したし、卒業後は『働きたくない』という一心で、奨学金1000万円を借りて、ロースクールに入ることにしました」
しかし弁護士志望でもなく、授業の後は映画を見て、酒をあおる日々。この頃から、よく輸入ビールを飲むようになった。そして運命の2010年、横浜駅近くのビアパブ・スラッシュゾーンを訪れた際、グリーンフラッシュ ブリューイングの「ウエスト コースト IPA」を飲み、人生が動く。
「当時のグリーンフラッシュは、一般受けを無視した攻撃的なビールを醸造していました。市場に受け入れられるかどうかは関係ない、俺たちはこれが飲みたいんだという気概から、自分が10代後半~20代前半に影響を受けた、ハードコアパンクに通じる精神を感じました。のちに過去のハードコアパンクのヒーローたちがブルワリーで働いていたり、クラフトビール愛好家になっていたことも知ります。グリーンフラッシュのビールに触れ、自分の興味が仕事につながる気がしてきた。ビールに関わる職に就きたいと思えたんです」
ホワイトカラーになるのをずっと避けてきた村越。経営や市場調査を担うホワイトカラー職、ビールのレシピやボトルのデザインを考えるクリエイティブ職、醸造や倉庫・物流を担うブルーカラー職を兼ねたブルワーという仕事のユニークさに惹かれたこと、また全世界画一的な消費ではないローカル経済の理想像が見えた気がしたのも、クラフトビールの世界に飛び込もうと考えた理由だという。
思い立って即、アメリカのビールの輸入会社に入った。あんなに働くのが嫌だったのに、週3のバイトのはずが、週6日、夢中で働いていたと村越は話す。1年後には仕入れ担当も任され、渡米の機会も得た。そして7年間在籍したのち、創業融資を得て開業する。
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カルチャーとしてのビールを楽しむ品揃え
いままで得た知見をもとに、カルチャーとしてのクラフトビールを体感してほしいと、村越は商品の陳列を考える。ビールの構成要素はホップと酵母と麦芽と水。ベンズ スロップ ショップの3つの冷蔵ケースには左からホップが華やかな銘柄、酵母が特徴的な銘柄、麦芽の風味が魅力の銘柄が並ぶ。そして新商品だけでなく、ベルギーやドイツの伝統的な製法でつくられたビールも必ず陳列する。
「ヨーロッパの古典がアメリカの新しいビールづくりに影響を与え続けているという、クラフトビールの歴史的、文化的な側面を体感していただけるように、クラシックな銘柄も置いているんです」
闇雲に新しいブルワリーを追いかけるのではなく、クラフトビールの今日までの文脈を知ったつくり手のビールを扱いたい。アメリカのミュージシャンやスケートボーダーがつくる銘柄を仕入れることもあるが、あくまで選ぶ基準はサブカルチャーではなくビールの文脈に照らしてどうか、だ。
「クラフトビールが文脈を持ったカルチャーであることを知れば、飲むのがさらに楽しくなる。そしてもっと身近な存在であっていい。先日ロサンゼルスに行った時、仕事終わりに作業着のままクラフトビールを飲む男性を見て、日本では見ない光景に感動しました」
クラフトビールは日常的な存在であってほしい。だからこそ村越はその背景を伝え、人々をビールの世界に誘うのだ。
ベンズ スロップ ショップ
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町4-6-3 スターライトスターブライトビル1F
TEL:0422-90-1502
営業時間:15時~22時L.O.( 水~金) 11時~22時L.O.(土) 13時~21時L.O.(日、祝)
定休日:月、火
Instagram@bens_slop_shop
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村越剛人の人生を変えたクラフトビール3選
バーダック ブルワリー
チューズデイ
「クラフトビールへの考え方を大きく転換させられたセゾンビール。甘さが切れていて、ホップも酵母由来のフルーティさも控えめで、食事と合わせた時によさが生きる、“セゾンのピルスナー”」。ライトな飲み口ながら、味わいは豊か。生き生きとした発泡性も心地いい。
バラスト ポイント ブリューイング
インドラ クニンドラ
「カレー風味のスタウトです。クラフトビールのなんでもありのクリエイティブ性を感じたのと、なによりおいしかったんですよ」。マドラスカレー、クミン、カイエンペッパー、ココナツ、カフィアライムリーフが加えられた、アジアンテイストなカレースタウト。
グリーンフラッシュ ブリューイング
ウエストコースト IPA
「僕の人生を大きく変えた1本。ホップの清々しくも鮮烈な苦味とフルーティな飲み口に、いい意味で打ちのめされ、頭の中ですべての思考がまとまった」。その後にブルワリーの状況が変わって味わいも変更。この当時(2010年)のレシピが好みだったと、村越は言う。
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