連載「腕時計のDNA」Vol.13
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
1735年に創業したブランパンは、現存する世界最古の時計ブランドとして知られる。早くからマニュファクチュールの量産体制を整え、1950年代初頭には革新的なダイバーズウォッチを開発するなど独創的な技術を誇ったが、60年代末にクオーツ式が台頭し、休業状態に追い込まれてしまう。そこで82年にムーブメント専業メーカーのフレデリック・ピゲがブランパンを買収し、翌年ジャン=クロード・ビバーを経営陣に迎えたのである。
91年にブランド再興の証しとして発表したのが、6種類の複雑機構「シックスマスターピース」とそれらを組み合わせたグランドコンプリケーションであり、クオーツ時計は一切つくらず、ケースも丸型のみという姿勢は92年にスウォッチグループ傘下に入って以降も貫かれている。時代に翻弄されながらもブランドの理念は揺るがない。その長い歴史の変遷はまさにスイス時計の歩みそのものといっていいだろう。伝統のスタイルにはその矜持を宿している。
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新作「フィフティ ファゾムス バチスカーフ クロノグラフ フライバック」
モダンダイバーズの礎を築いた名作
ブランドのヘリテージであるダイバーズウォッチの「フィフティ ファゾムス」は1953年に誕生した。二重Oリングを導入したリューズや、誤作動を防ぐ新機構のロック付き回転ベゼルを備え、モダンダイバーズの礎を築いた。コレクション名も当時としては画期的であった水深91.44m(=50ファゾムス)の防水性を誇示したのである。その実力を秘め、デイリーユースにも応える仕様として56年に登場したのが「バチスカーフ」だ。ケース径やベゼル幅を抑えたスポーティかつスマートなスタイルは、レジャーダイバーをはじめ、女性層にも広く支持された。
新作ではレッドゴールドを採用。ラバーやファブリックのストラップではなく、あえてフルゴールドのブレスレットを装着し、タフネスだけでなく、スタイリッシュな洗練を求めた原点を彷彿とさせる。ブレスレットは周到につくられ、凹凸の形状で組み合わせたリンク構造でつなぎ目をいっぱいに詰めるとともに、内側からビス留めすることで耐久性となめらかな動きを両立している。ムーブメントはフライバック機能に加え、ダイバーズクロノグラフでは珍しい毎時3万6000振動のハイビートが精緻さと堅牢性を象徴する。ゴージャスな輝きからは品格ある重厚感が漂う、都会のライフスタイルを優雅に彩るラグジュアリーダイバーズだ。
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定番「ヴィルレ コンプリート カレンダー」
複雑機構搭載のドレスウォッチ
クオーツ式の台頭に対し、ブランパンはフレデリック・ピゲの技術力を背景に「シックスマスターピース」を発表し、機械式時計の復権を宣言した。スイスが誇る複雑機構を搭載したこの6本の腕時計は、コンプリートカレンダー ムーンフェイズ、ウルトラスリム、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、スプリットセコンドクロノグラフ、フライングトゥールビヨンであり、それはいまもブランドを支える技術の根幹になっている。なかでもフルカレンダーとムーンフェイズを一体化した「ヴィルレ コンプリート カレンダー」はブランドの顔だ。
ふたつの小窓で月と曜日を示し、日付は曲線を描くウネウネ針で差すことで、多機能表示でも繁雑さを感じさせない。さらにムーンフェイズの月の表情は可愛らしく、多くのファンに愛されている。そして優美な伝統機構にも最新の技術革新が注がれていることも見逃せない。通常フルカレンダーの調整には専用ピンによるプッシュ操作などが必要だが、ラグの内側に設けたアンダーラグコレクターで容易に調整できる特許技術を導入。72時間という駆動時間も実用的だ。こうした複雑機構を一部のマニアだけでなく、幅広い時計愛好家が楽しめるようSSケースにも搭載していることもブランドの誠実さを感じさせる。ひと目でそれとわかるブランドアイコンのダブルステップベゼルからは、美しさと機能性の両立と同時に、伝統と永続への強い意志が伝わるのだ。
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通好み「エアコマンド」
空軍用時計がルーツのクロノグラフ
ダイバーズの印象の強いブランパンだが、そこで実証された機能と信頼性は海に留まることはなかった。50年代にアメリカ海軍が「フィフティ ファゾムス」を採用したことを受け、アメリカ空軍向けに設計したミリタリークロノグラフが「エアコマンド」だ。当時、高精度のクロノグラフ導入を計画していたアメリカ空軍に対し、現地代理店アレン・V・トルネクを通じて試作品を提供した。だがそれもわずか12本であり、以降の正確な生産本数も記録に残っていないため、愛好家の間でも幻とされていた。そうした背景や稀少性からも通好みのブランパンといえるだろう。
回転式ベゼルを備えたスタイルは、一般的なダイバーズクロノグラフを思わせる。だが大きな違いはそのベゼルが両方向回転式のカウントダウン仕様になっていることだ。分針にベゼルの数字を合わせることで、作戦遂行までの残り時間が計測できる。2カウンターのクロノグラフムーブメントは垂直クラッチとコラムホイールを搭載し、容易にゼロリセットするフライバック機能を備える。さらに10振動のハイビートによる高精度に加え、シリコン製のテンプとヒゲゼンマイで磁場の影響も受けにくい。こうした最新技術を注ぎながらも、日付カレンダーを採用することなくヴィンテージスタイルにこだわったのも嬉しいところだ。
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現存する最古のブランドとしての役目を果たし続ける
ブランパンは2010年にフレデリック・ピゲを正式統合し、伝統スタイルのさらなる革新を続けている。その開発力はいまやブランドの垣根を超えて横断し、グループのムーブメント技術開発部門として機能しているのだ。そしてスイス高級時計の歴史と文化の継承はアール・ド・ヴィーヴィル(暮らしの芸術)にも結びつき、その視座は食の世界にも向けられている。オートキュイジーヌはじめ、プレステージのレストランやホテルと連携するなど活動は多岐にわたる。さらに世界の海洋保全にも積極的に取り組み、調査研究プロジェクトや活動支援にダイバーズで培ってきた本領を発揮する。いずれも次世代に伝えるべき大切な文化や自然環境であり、ブランパンは連綿と続く時をつなぐ役割を果たすのである。
柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。
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