大きな屋根に家族が集い、
水辺に寄り添って暮らす。
苦難の末に生まれた
シンプルなプランが、
心をつかむ提案に。
エントランスから続く階段を下った先に広がるのは池のワイドビュー。この家で暮らすCさんは、この水面が一番きれいなのは月夜だと言います。
「水面に映る月もいいですが、波のない日は反射した月明かりが家に届きます。風が吹いてさざなみがたつと光が乱反射し、星が輝いているようなんです」
実はこの家、苦難の末に生まれたものだとか。
「最初の提案が通らず、次の打ち合わせ日まで行き詰まってなにも思い浮かびませんでした」と谷尻さん。
「謝りに行こうと決めて新幹線に乗る前に立ち寄った中華料理店で急に思いついた案が原型です。急いで屋根だけの簡単な模型をつくって持っていきました。そういうわけで、これがいいと言えるお施主さんがすごい」
「谷尻さんから中身がないのにOKを出すんですかと驚かれ、これにすると時間と費用もかかり、減額も大変だと言われました。だったらシンプルにしたいとこちらも提案しました。贅沢に素材を使わず贅肉を削ぎ落としたアスリートのような家。結果、ロケーションとも合って自然と一体になったような感覚あふれる、とても気持ちのいい家になりました」とCさんは言います。
大きな三角屋根がかかった「桧原の家」は、最下段がリビングダイニング。ひな壇状に各フロアを配置し、玄関から続く階段がすべてのフロアをつなぎます。
左:細いいくつもの柱が大きな屋根を支えます。高さをそれほどでもありませんが、横長の窓が家の前に広がる池の水面を切り取ります。窓の多くは固定されますが、一部に開閉可能な窓を使います。 下:ロバート&トリックス・オスマンがデザインしたKnollのヴィンテージソファを、この家に合わせて購入。テラスには同じくKnollから販売されるハリー・ベルトイアのダイヤモンドチェアを置くなどミッドセンチュリーの家具がよく似合います。
上:大きな三角屋根がかかった「桧原の家」は、最下段がリビングダイニング。ひな壇状に各フロアを配置し、玄関から続く階段がすべてのフロアをつなぎます。
中:細いいくつもの柱が大きな屋根を支えます。高さをそれほどでもありませんが、横長の窓が家の前に広がる池の水面を切り取ります。窓の多くはフィックスで、一部に開閉可能な窓を使います。
下:フローレンス・ノールがデザインしたノールのヴィンテージソファを、この家にあわせて購入。テラスには同じくノールから販売されるハリー・ベルトイアのダイヤモンドチェアを置くなどミッドセンチュリーの家具がよく似合います。
風景を切り取る
横長の窓が、
水面を強く意識させる。
この家を、「閉じたことで開放感が生まれた」と谷尻さんは言います。「開くことがそのまま開放感につながるわけではないんです」と吉田さん。
「窓が大きくても閉鎖的になることもあります。ここは大きなひとつの空間でできた家。階段を下りると霧が晴れるように風景が立ち現れます。池を横長の窓で切り取り、抑制した体験で驚きを与えています。この操作で建物が意識から消え、水面を強く感じられるんです」
「この家は建築の力を改めて僕たちに教えてくれました。極端に言えば屋根だけで建物はできてしまうんです」
水面の輝きや葉のそよぎを拾い、室内で天井の色は次々に変わります。「風景にも奥行きがあることがわかりました」とCさんは言います。
「風景がひとつではなく、何層もあるんです。カーテンをつけていませんが、夏に暑くなることもありません」
Cさんは自ら提案したように、当初提案された4段のプランを自ら3段に減らすように依頼しました。
「線を減らしていくような感じでしょうか。僕たちも生活を整理してシンプルにし、暮らしを本質的に絞っていった。ベストのレイアウトを検証したんです」
上:傾斜した屋根がひな壇状の各フロアを貫き、シンプルで開放的な空間が広がります。窓も多くが固定されているので、その存在をあまり感じることがありません。 左下:玄関から続くのは書斎とウォークインクローゼット。たっぷりの収納力がうらやましいかぎり。ゴールドのドアノブなど、ディテールへのこだわりも質感を高めます。 右下:階段から各フロアを見上げます。最下段がリビング・ダイニング、中段が子ども室、上段には書斎や水まわり、収納が収まります。大きなワンルームのような住まいです。
夜の暗さも感じる、
大きな屋根に集う
昔ながらの暮らし。
家を建てる上で建築家を吟味したというCさん。他と違うオリジナリティのあるものを望みましたが、モダンな建築という意味では差別化ができなかったと振り返ります。サポーズデザインオフィスに依頼したのは、独自の世界と意図をもった大胆さに魅力を感じたから。
「日の光だけではなく夜の暗さも感じられるんです。体内時計が建物にリンクして、大きな屋根のもとに家族が集って過ごす時間は太古から人の暮らしてきた生活そのもののようで安心感があります。池には水鳥が訪れ、まれに庭先に猿が出没することも。いつの間にか子どもたちはすっかり動物に詳しくなりました」
もちろん工夫が必要な家でもあるとCさん。けれど手間が愛着になり、窓が曇れば換気が必要な合図とわかるようになったとか。庭づくりにも力を入れ、未完だからこそ家に手を加えながらやるべきことをやっていく楽しさがあると言います。「僕らが諦めそうになってもクライアントは諦めない。そうしてようやく生まれた家はとてもいい家になりました」と笑う谷尻さん。コミュニケーションを重ねて唯一無二の家をつくるサポーズデザインオフィスらしい一軒と言えるでしょう。
上:道路に面して、大きな屋根がかかる外観。傾斜地に立ち、道路の反対側に広がる池に面して開口部を設けています。 右:エントランスにはタープを張り日差しを遮ることも。ガルバリウム鋼板の波目はCさんの希望から、この方向を選択したと言います。
エントランス脇の階段はそのまま池に向かってアプローチします。植物はオーストラリアに自生する植物を多く使い、エキゾティックな雰囲気を演出しています。
家族構成:夫婦、子ども2人 構造・規模:鉄骨造一部RC造2階建 敷地面積:259.85㎡
建築面積:104.94㎡ 延床面積:111.85㎡(1階48.74㎡、2階63.11㎡)