KIRIN
世界的品評会で最高賞の快挙
キリン 富士を育む、エッセンスを紐解く
- 文:西田嘉孝
- 写真:齋藤誠一
- 文:西田嘉孝
- 写真:齋藤誠一
雄大な富士の麓で富士御殿場蒸溜所が操業を開始した、1973年にスタートしたキリンのウイスキーづくり。以来、半世紀以上にわたり、富士山の恵みを活かしたウイスキーをつくり続けてきた。2020年には「陸」と「富士」シリーズをリリース。手頃な価格帯でありながらキリンウイスキーのエッセンスが詰まった「陸」がヒットアイテムとなり、一方の「富士」シリーズは各アイテムの発売以降、世界的な酒類コンペティションで全種類が毎年のように「金賞」を受賞するなど、プロからも高い評価を受けている。いまや国内外のウイスキーラバーから注目を集めるキリンウイスキーの哲学や、製品に込められたつくり手たちの思いを、開発者の言葉から紐解く。
※ウイスキー 陸は、富士御殿場蒸溜所の原酒を主体に、厳選した輸入原酒を一部丁寧にブレンドしています。
ジャパニーズウイスキー部門で最高賞を受賞
キリンのISCジャパニーズウイスキー部門「トロフィー」獲得は2度目。名だたる日本のウイスキーを押しのけての快挙だ。
ジャパニーズウイスキー部門で最高賞を受賞
毎年英国で開催される国際的な酒類コンペティションであるISC(インターナショナルスピリッツチャレンジ)。2024年の同コンペティションにおいて、「キリン シングルグレーンジャパニーズウイスキー 富士 50th Anniversary Edition」が、ジャパニーズウイスキー部門の最高賞に輝いた。その名の通り、富士御殿場蒸溜所の操業50周年を記念した特別なウイスキー。1974年の原酒をはじめ、80年代、90年代、2000年代、2010年代と、それぞれの年代に仕込まれた原酒を使い、130回以上のテストブレンドを経て完成した。「キリンウイスキーの歴史に加え、未来への期待も感じていただけるウイスキーを目指した」と、ブレンドを担当した竹重元気は話す。
小野寺 亮
Ryo Onodera
社内制度で手を挙げウイスキー部門の担当を希望し、2021年より「富士」の商品開発・マーケティングを担当する。
竹重 元気
Motoki Takeshige
焼酎の技術開発やRTDの新商品開発などを担当した後、2018年にブレンダーに就任。「富士」や「陸」のブレンドを担当する。
澄んだ味わいとフルーティな香り
富士御殿場蒸溜所に満ちているのは、富士の森林によって浄化された清冽な空気。清らかでクリーンな味わいに通じるものだ。
富士御殿場蒸溜所の操業以来、キリンでは日本の風土や食文化に合うウイスキーを追求してきた。「日本のお客さまにとって飲みやすく、喜びを感じてもらえるウイスキーとはどんなものだろうと。繊細な味覚を持ったお客さまの嗜好に合うウイスキーを追求し、行き着いたのがクリーン&エステリーだったのです」
そう話すのは「富士」の開発とブランドマーケティングを担当する、キリンビール マーケティング部の小野寺亮。キリンでは、「クリーン&エステリー」をモットーに、操業時から唯一無二の味わいを守り抜いてきた。口に含んだ瞬間、すうっと口に広がるフルーティで華やかな香りが心地よい。愛好家はもちろん、初心者にも飲みやすい清らかな味わいだ。
富士の恵まれたテロワール
富士山の山頂から蒸溜所までの距離は直線距離で約12km。気象条件が揃えば蒸溜所の屋上から見事な富士山を望むことができる。
富士山からおよそ50年の歳月を経て蒸溜所へと届く水。ウイスキーの仕込みはもちろん、ウイスキーづくりのあらゆる工程で使われる。
富士山からおよそ50年の歳月を経て蒸溜所へと届く水。ウイスキーの仕込みはもちろん、ウイスキーづくりのあらゆる工程で使われる。
「私たちが目指すウイスキーにとって、富士御殿場ほど理想的な場所はありません」と、竹重は言う。蒸溜所で使用される水は、富士山に降った雨や雪が地中深く染み入り、約50年の歳月をかけて地層で磨かれてきた伏流水。富士の麓の冷涼な気候の中で、ウイスキー原酒が詰められた樽は美しい空気を取り入れながら、ゆっくりと原酒にさまざまな香味を纏わせていく。
フラグシップとなる『富士』のラベルに表記されるのは、「The gift from Mt.Fuji」の文字。「長い年月をかけて熟成させるウイスキーには土地のテロワールが反映されます。『富士』や『陸』に感じていただける華やかで優しい香りや味わいは、この富士の麓の自然環境の中でしか生み出せないもの」と、小野寺は言う。雄大な自然の恵みを受けてつくられるキリンのウイスキーは、まさに富士山がくれた特別なギフトだ。
情熱が支えるものづくり
雄大な富士の恵みが存分に活かされたウイスキーである『富士』。その象徴として、びん底に富士山が浮かび上がる意匠が採用された。その精緻な再現度は驚くべきものだ。
左から、ストーンフルーツを思わせるシングルモルトは黄系、ベリー系のフルーツが感じられるシングルグレーンは赤系、富士山の麓の清冽な空気をイメージさせるブレンデッドは青系など、「富士」のラベルには製品の香味に合わせたカラーが採用される。
左から、ストーンフルーツを思わせるシングルモルトは黄系、ベリー系のフルーツが感じられるシングルグレーンは赤系、富士山の麓の清冽な空気をイメージさせるブレンデッドは青系など、「富士」のラベルには製品の香味に合わせたカラーが採用される。
「製造スタッフもブレンダーもマーケティング担当も、関わるのは全員がウイスキーに想いがあって集まったメンバー」。そう小野寺が話すスタッフのパッションも、キリンのウイスキーづくりを支える大切な要素だ。『富士』が生まれた背景にあったのは、富士の麓で育まれたキリンのウイスキーを、日本だけでなく世界中の人々によりシンプルに伝えたいという思い。シングルグレーンにシングルモルト、そしてシングルブレンデッドという、多彩な原酒をつくることができるキリンだからこその中身開発に加え、和の質感が感じられるラベルやびんの造形など、細部にまでこだわった。
「気づいていない方も多いと思いますが、特に苦労したのがびん底に富士山を綺麗に再現すること。このびんの開発だけで1年半くらいの時間をかけています」と、小野寺は言う。時には部署の垣根を超えて、その味わいやパッケージについてもフラットに意見をぶつけ合う。世界が評価する『富士』やウイスキーファンの裾野を広げるヒットアイテムとなった『陸』は、そうした土壌の中から生まれたものだ。
長く、受け継がれてきた信念
操業時からのキリンウイスキーの歴史が感じられる熟成庫。さまざまな味わいの原酒がゆっくりと熟成されている。
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2021年には新たに4基の小型ポットスチルを導入。大麦麦芽のみを原料とするモルトウイスキー原酒の品質向上にも注力する。
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手前がバーボンウイスキーの蒸溜所でも使われるダブラー蒸留器。奥に見えるのがやかんのような仕組みで蒸留を行うケトル蒸留器。
蒸溜所では大麦麦芽を原料とするモルトウイスキーと、それ以外の穀物も原料とするグレーンウイスキーの製造が可能。多彩な原酒が豊かな香味を生む。
蒸溜所では大麦麦芽を原料とするモルトウイスキーと、それ以外の穀物も原料とするグレーンウイスキーの製造が可能。多彩な原酒が豊かな香味を生む。
富士御殿場蒸溜所ほど多彩な蒸留設備が並ぶ蒸溜所は、世界的にも珍しい。キリンは1972年に、当時の世界的なウイスキーメーカーである、アメリカのJEシーグラム社とイギリスのシーバスブラザーズ社と3社合同で合弁会社を設立。シーグラム社からはカナディアンやバーボンタイプ、そしてシーバス社からはスコッチタイプのウイスキーをつくる設備やノウハウが、操業開始当時の蒸溜所に惜しみなく伝えられ、いまもその伝統は踏襲される。
「バラエティ豊かな設備を使った原酒のつくり分けはもちろん、それぞれの原酒の品質を向上させる努力を常に続けています。特にエステリーさにつながるフルーティな原酒はここ数年で目覚ましく進化していますし、さまざまな原酒が使えるからこそ香りや味わいに何層もの波をつくることができる。香りや味わいが豊かだからこそ、ストレートはもちろんロックやハイボールにしてもおいしくて、飲み飽きることなく楽しめるのがキリンのウイスキーの特長。『富士』や『陸』を飲んで感じていただける大きな満足感は、品質確かな複数の原酒をブレンドするからこそ生まれるものなのです」
そう話す竹重が製品のブレンドに使用する原酒は、数年から数十年という歳月をかけて熟成されてきたもの。過去から現在、そして未来へ。蒸溜所でつくり手たちに大切につながれてきた伝統や信念というバトンもまた、キリンウイスキーの重要なエッセンスだ。
キリンウイスキーが目指す未来
ウイスキーグラスを片手に語り合う小野寺と竹重。撮影の最中もふたりは「富士」について熱く語り合っていた。
日本に住んでいる人なら誰もがその姿形を見るだけでほっと安心できる存在。そんな富士山のように「キリンのウイスキーが人々の心の拠り所のような存在になれればうれしい」と、小野寺は話す。
「そのためにも『富士』や『陸』の魅力をより多くの人に伝えたい。おいしいウイスキーを飲んだときの“うれしそうな顔”は万国共通のもの。キリンのウイスキーで日本や世界の人々を笑顔にすることが私たちの大きな目標です」
小野寺のそんな言葉に頷き、「キリンのウイスキーが人々の生活を幸せにする要素の一部になってほしいというのが私たちの願い」と、竹重も言葉を紡ぐ。
「2021年には新たな設備を導入するなど、蒸溜所では数々のチャレンジも行いながら、より皆さんに喜んでいただけるウイスキーの開発を目指しています。『富士』や『陸』をより多くの方に楽しんでもらいたいのはもちろん、ぜひ蒸溜所に来てキリンのウイスキーを育むテロワールを感じてもらいたいですね」
コアなウイスキーファンからこれからのウイスキーファンまで、日本はもちろん世界中の人たちを笑顔にするために。キリンの“ウイスキー人”たちの挑戦は続いていく。
左から、シングルモルト、シングルグレーン、シングルブレンデッド。三者三様でありながら蒸溜所でつくり手たちに大切につながれてきた伝統や信念を感じる。