複数ユニットで実現した、常識外れの音質。

    Share:
    青野 豊・写真photographs by Yutaka Aono

    複数ユニットで実現した、常識外れの音質。

    硬度が高く腐食に強いジルコニウム合金の筐体は、見た目からして上質。実勢価格¥200,000(税込)

    このイヤホン、価格も20万円と目を剥くが、音にも耳を剥く。私が主宰するレーベルのウルトラアートレコード『情家みえ・エトレーヌ』から「チーク・トゥ・チーク」を聴き、このイヤホンの格段の音のよさがわかった。ボーカルにはボディ感が備わり質感がしなやか。言葉のニュアンスを大切にした歌い方も明瞭に伝わる。伴奏のピアノのラブリーな躍動感、弾力感も心地いい。低音スピードが速いことの利点だ。周波数帯域的にも格段に広い。高域、さらに超高域まで音がクリアに抜け、倍音成分の情報が多い。音場の見渡しが透明で広がりもイヤホンとしては常識外れにワイドだ。
    「IER-Z1R」は、ソニーのハイエンドライン「シグネチャーシリーズ」の製品。「Z1」はソニー・オーディオで最高のステイタスナンバーだ。同時期に出たデジタルミュージックプレーヤー「DMP-Z1」は95万円(!)。同じくイヤホンで最上を目指したのがZ1Rだ。
    取材で設計者は言った。「よく“最高の音”を目指すと言いますが、私の中ではZ1Rは最高の音程度ではダメだと考えていました。Z1Rはイヤホンの常識を覆す製品にしたいと考えたのです。音の常識を超えた、新次元の音をつくりたい」
    次元を変える音とはなにか? 「音楽の奏でられる空間が、豊かに表現される音です。イヤホンの常識を超えた音場再現と広がりを実現したい。それには、フォルティッシモからピアニッシモまで、超低音域から超高音域まで正確な再生が必須です」
    いかに周波数帯域を拡大するか。それには、全帯域を単一ユニットでまかなうのではなく、得意な帯域をもつ複数のユニットを組み合わせることだ。採用したのが、ダイナミックドライバーユニットとBAユニットとのコンビ。低中音域はダイナミック、高音域はBA、超高音域はダイナミックとした。実はこれは常識外れの組み合わせ。BAは高音域が得意なのだが、超高音域にはあえてダイナミックを採用。超高音域では、BAよりダイナミックのほうが再生に有利だったのだ。
    この3つの異方式の音の重なり部分の調整に、大変苦労したという。クロス部で自然なつながりをいかに実現するか。全部のユニットをひとつのインナーハウジングに取り付け、各々のユニットからの音が最適な位相で合体するよう、音の伝播路の構造を緻密に調整。その結果、多ドライバー型で問題になる音域間のつながりも、高音から低音まで偏りなくなめらかだ。2種類のドライバーを使いながら、違和感もない。非常にナチュラルな質感が聴け、まさに常識を一変させる再現性だ。
    設計者のこだわりが熱く感じられる音に、圧倒された。

    イヤーピースもさまざまな耳に合うよう、異なる2種類の素材を用いた6~7サイズがそれぞれ付属する。

    麻倉怜士
    デジタルメディア評論家。1950年生まれ。デジタルシーン全般の動向を常に見据えている。巧みな感性評価にファンも多い。近著に『高音質保証!麻倉式PCオーディオ』(アスキー新書)、『パナソニックの3D大戦略』(日経BP社)がある。
    ※Pen本誌より転載